村に1つしかない小さな井戸。
アーサーは誰より早く起きて、村人がまだ起きだしてこないうちにこっそりとそこに水を汲みに来る。
最近はこの近くの街にも鬼が出て暴れて行ったという事もあり、皆日が登るまでは外には出ないので、ゆっくり汲める。
水でたっぷり満たした水瓶はなかなかに重いが、急がないと人が来てしまう。
アーサーは腕いっぱいもある水瓶を抱えると、村外れの小さな小屋までの道を急いだ。
井戸から20分も歩けば見えてくる小さな小さな小屋。
それが目に入る頃には、その前に立つ人物が困ったような笑みを浮かべている様子も見て取れる。
「ほんま、俺が汲んでくるからええのに。ほら、家に入り。寒かったやろ?」
と、少しアーサーの方へと歩を進めてそのまだ細い腕から水瓶を受け取って並んで歩き始めるエンリケに、アーサーは白い息を吐き出しながら、これくらい当たり前だ、と、首を横に振った。
アーサーは捨て子である。
それもただの捨て子ではない。
川で洗濯中の老婆が拾ったとてつもなく大きな桃の中から生まれたのだ。
たわわに実る稲穂のような色の髪と青々と茂る新緑色の瞳、それに透けるように真っ白な肌をした可愛らしい赤子だったが、丁度鬼が人の世に蔓延しだした時期でもあり、常とは違う生まれ方をしたアーサーを人々が気味悪がり、忌み嫌ったのは仕方のない事である。
それでも長らく子に恵まれなかった老婆とその夫はアーサーを可愛がって育てたが、不幸な事に、アーサーが7つになったある日、二人揃って突然亡くなった。
その亡くなり方がまた悪かった。
まるでトゲのついた棒で打たれたような傷だらけの遺体。
そう…それはあたかも人々が嫌う鬼が持つ棍棒のような……。
7歳の幼子が容易に振り回せるような物では到底無く、だから犯人ではありえないだろうと、村から追い出される事はなかったが、村外れのアーサーの家には誰も寄り付かなくなった。
まあ7歳ともなれば、老父が作っていた畑に水をやり、そこから取れる野菜で食いつなぐくらいの事はなんとか出来たが、それもいつまで持つことやら…。
そんな事を思いながら村人はそれを遠巻きにしていたが、アーサーにとっては幸いな事に、老父母の死から一週間もした頃に、村の外れのアーサーの家に旅人が一晩の宿を求めて訪れた。
年の頃は20そこそこか、もう少し下か。
暗い山道を超えるのを避けるため一夜の宿を求めたエンリケ…という優しい面差しの青年は、たった7歳の幼子が一人で暮らしているのを不憫に思ったらしい。
旅は急ぐものではないから、と、子どもがもう少し大きく育つまでと、子どもと村で暮らすことにしたのだった。
それからは穏やかで優しい日が続く。
村人がアーサーを遠巻きにするのは相変わらずだが、人当たりの良い穏やかなエンリケを避ける事は無く、エンリケは小さな畑で育てた野菜を時折村に持って行き、物々交換で味噌や米と取り替えて、アーサーと二人でささやかにして平和な生活を営んだ。
0 件のコメント :
コメントを投稿