「ポル~!!大変だぞっ!!!」
と、玄関の引き戸が開く音と共に、子ども特有の高い声が聞こえる。
「アーサーっ!!」
「アーサーさんっ!!」
ガタガタっと居間のちゃぶ台を囲んでいた二人が立ち上がって玄関に急ぐと、なんとものんきな事に、あれほど探しまわった子どもは手にいっぱいの野菜を持って、
「ひさしぶりだなっ!」
などと言うではないか。
と、珍しく大きくなる声も気にすること無く、アーサーは
「これ、おみやげなっ!」
と、手にした野菜をマカオに手渡すと、
「まだあるからっ。お~いっ!!」
と、後ろを手招きをする。
そして手招きをするアーサーの後方には見覚えのない男。
背負籠にいっぱいの野菜を携えているその男の頭には二本の赤い角。
明らかに同胞とは違う人間の匂い。
まさか……。
「その人…どなたさん?」
ヒクリと笑みが引きつった。
「ポ…ポルトさん…落ち着きましょうね?」
と、気づいてマカオが必死にその袖を握る。
「落ち着いてるで?俺は十分落ち着いてるで?マカオ。
とりあえず…棍棒持って来といて?」
「ダメです、ダメですよ?」
ニコリと引きつった笑顔のまま言うポルトに青くなってぷるぷると首を横に振るマカオ。
一方こちらはKY組。
そんなポルト達のやりとりを気にすること無く、
「あ、野菜は土間に置いておいてくれ」
というアーサー。
「了解や。なんなら台所まで運ぼうか?」
「いや、小さい頃から俺ですら台所に入ると怒られるから…」
(俺ですら…やないわ。食材で兵器作る自分やからやで…)
と、それは心の中で思わずツッコミを入れるポルト。
「ほな、ここ置かせてもらうな~」
と、背負い籠を土間に置く男。
そして…とうとう明らかになった衝撃の事実…。
「ポルト、マカオ、こいつはアントーニョ。俺のつがいだ」
アーサーの口からにこやかに言われた瞬間、思わずそこにあった鍵代わりに使っている丈夫な木のつっかい棒を男に向かってブンっ!と振り回した。
「ちょ、何しはるん?!」
男は驚いた事に鬼の中でも強い力を持つポルトが振り回した棒を片手で軽々と受け止める。
丈夫なはずの木がピシリと音をたてた。
(この男…一体何者なん?!俺が思い切り殴りかかってもびくともせえへん…)
通常はつがいとして人外になった鬼は当然生粋の鬼よりは人に近く弱いはずなのに、下手をすると鬼の中でも有数の力を持つ自分より腕力に勝るのか?
その事実に驚きつつも、言うべき事は言わねばならない。
「何するんはこっちのセリフやで?
自分…まだ子どものアーサーになんてことしてくれてん…」
「何って…ナニ?」
「さよか…死ねや…」
「死ねって…やって、一緒に生きていくには契らなあかんのやろ?
もちろんその時はちゃんと相応の年になっとったで?」
「わかった…死ね…」
「ちょ、自分かて、アーサーよりもっと小さい子ぉに手ぇ出しとるやん」
「俺はええんや。」
「どういう理屈やねんっ!」
ポルトとアントーニョがそんなやりとりをしているのも気にせず、アーサーは自分が家を出る前にはなかった角がマカオの額にあるのに気づいて、
「あ、マカオ、ちゃんとつがいになったんだなっ。おめでとうっ!」
と、ぴょんぴょんとはしゃいだ。
「あ、ありがとうございます。でも……」
と、マカオは少し赤くなってお礼を言いつつ、しかしチラリとポルト達の方を気にして見る。
「あれ…放っておいていいんですか?」
マカオにそう言われて、アーサーはようやくそちらに関心が向いたようだ。
「ポル、トーニョ相手にそんなことしてる場合じゃないぞっ。
早く逃げないと帝が集めた討伐隊が1週間くらいでここにくるらしいぞ」
と、指先でポンっと木の棒を炭化して粉々にしてみせる。
「そんなん知っとるわ。せやから自分が戻ってくるのを待っとたんや」
と、殴り倒すのは諦めて、ポルトはアーサーを振り返った。
「自分が戻ってきたら、3人で鬼が島に帰ろう思っとったんやで」
そう…あそこなら少なくとも桃太郎がまた数百年後に転生してくるまでは人間は渡ってこない。
「なんもないところやけど、その代わり争いもない場所や。そこで3人で静かに暮らそう?」
そう言うポルトに
「無理だ」
とアーサーは即答した。
「なんでなん?ずぅっと一緒やった俺らより、そんな人間の方がええん?」
思わず泣きそうになるポルトにアーサーはこれまたキッパリ言う。
「ん~トーニョの事もあるけど…人間の中での商売楽しいし。
今な、俺の作った飾り紐とか都で流行してんだぞ?
今はまだ鼻緒とか用だけど、そのうちもっと複雑な編みこみとかして簪とかも出そうかと…」
「商売…ですかっ?」
食いついたのはマカオだ。
「宮中にも御用商人とかが来てましたが…確かに売り買いというのは面白そうですね」
「ああ、鬼だ人間だなんて関係ない。
良いもの作りゃ売れるし、売るにしたって売り方考えりゃあ早く高く多く売れる」
「なんて素敵なっ!」
「マカオなんて宮中に育って流行の最先端見てきたんだから、その気になれば良い線行くんじゃね?」
「…マ…マカオ?」
「アーサー…親分のことより商売?」
盛り上がるアーサーとマカオに、お~い、と、置いてきぼりのポルトとアントーニョ。
「そうだっ!どうせならブランド立ち上げてもいいな。」
「そうですねぇ…簪作るなら、角型とかどうです?飾り紐で綺麗に角作るとか…」
「おっ!それいいなっ!」
「鬼っ子ブランドとか?フェイクから少しでも鬼に親しんでもらえるように」
「それ行ってみようっ!!」
「では…こうしましょう。双方ブランドを広めながらお金を貯めてゆっくり鬼が島を目指します。
最終的に鬼が島に工場と本社を置いて、きちんと給金を払って大々的に鬼っ子ブランドの商品の企画、制作、販売を目指すということで」
「了解だっ!手広くやれるように頑張ろうっ!」
「はいっ!!」
「なあ……なんか俺らの未来まで決められとる気ぃするで?」
「…マカオが…あのおっとりしたマカオが……」
呆然とするポルトに、アントーニョは待ったりと言う。
「まあ…ええんやない?
しっかりモンの嫁さんに仕切ってもらってのんびり生きてくのも…」
「アーサーに働かせて楽しようなんて自分最低やな」
「…じゃあ自分、あれ止めさせて別の生き方させるん?」
「…俺はええねん」
「なんのこっちゃ…」
そして和解はしないまでもその日はアーサー達の持ってきた野菜を使った料理で一緒に夕食を囲み、翌日にはポルトとマカオは旅支度を始め、翌々日に旅だった。
「さて、俺らも負けないように頑張らないとなっ」
二人の旅立ちを見送ってアントーニョと二人村外れの我が家に帰るアーサー。
とりあえず数年はここにとどまって新作を作って売出し、都でまず流行りという売りを作って地方へ行こうと、せっせと糸の染色に精を出す。
やがて角型飾り櫛や角型簪を売りだすと、魔除けやオシャレとして大勢の都人が買いだして、やがてそれは帯留めや首飾りや腕輪など、色々な形式の物が売られるようになった。
こうして人気商品となった鬼っ子ブランドは鬼っ子というだけに鬼が島に本社を置いていると評判になり、お洒落に強い興味を持つ職人達がこの島を目指すようになる。
こうして二人の鬼ともう二人の元人間の鬼によって広まった鬼っ子ファッション。
流行の発信地は鬼ヶ島。
数十年前までは考えられないような言葉が都で地方都市で語られ、かつて人間の敵と恐れられた鬼はいまやファッションの一つとして、人々の間に浸透していったのである。
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