泣いた…ことはある赤鬼9

普段はそれが一番楽しいということで、日中はたいてい子どもの姿で畑仕事をするアントーニョの周りをうろちょろとしつつ遊んだり畑仕事を手伝ったりするアーサーが、

「誰か来るって妖精さんが言ってる。角、角を隠せっ!」

と、言うのでアントーニョがアーサーに倣って角を隠すと、しばらくして見覚えのある顔が見えてきた。



「ロヴィ、どないしたん?」

と、トマトを収穫していた手を休めて首にかけた手ぬぐいで汗を拭くアントーニョに、つい2年半くらい前まではここで畑仕事を手伝っていた一番年下の養い子は、


「今日は村長の使いとして来たんだけどな…お前、ようやく俺が独り立ちしたと思ったら、またガキ引き取ってんのかよ」

と呆れ顔で、アントーニョの足元で柄杓を持っているアーサーに視線を落とした。



「ああ、アーサーって言うんや。可愛えやろ?
アーサー、前に話した親分の元養い子のロヴィやで」

と、双方に言うと、まずアーサーがササッとアントーニョの後ろに隠れて頭だけ出すと

「…こんにちは……」
と頭を下げる。


「よお、ロヴィーノだ、よろしくな」

と、どうやら自分も人見知りだったこともあってそんな反応に気を悪くするでもなく、そんなアーサーの頭を撫でながら、何かあったっけか…と、懐を探って何やら見つけたようだ。



「あった、ぼうず、甘いモン好きか?」

と、アーサーに視線を合わせるようにしゃがんで聞くロヴィにアーサーがこっくりうなずくと、ほら、と、和紙に包まれた砂糖菓子をその小さな手に握らせる。


「…ありがとう……」
と、礼を言うアーサーに笑って見せて、

「ロヴィも大人になったんやなぁ…」
とシミジミ言うアントーニョには、

「当たり前だ、コンチクショー。
そもそもどこでガキに会うかわからねえからって菓子を持ち歩く習慣ついたのは、てめえのせいだ!」
と、呆れた視線を向ける。


いつビビった子どもを預けられても良いように準備してる奴に育てられりゃあ嫌でもそうなる…と、少し照れたようにソッポを向く元育て子にアントーニョは嬉しそうに笑った。



「せやなぁ。ロヴィも菓子やったらすぐ機嫌直したもんなぁ」

「あ~、昔話はとりあえずいいからっ!用件先なっ!村長から伝言だ。
1週間後に30人分くらいの食材になるとびきり良い野菜を届けて欲しいそうだ」

「へ?何かあるん?」

街からはかなり離れた小さな村である。
そんなに大勢の客を迎える事はほぼないに等しい。

アントーニョが驚いた顔で問うと、ロヴィーノは少し嫌そうに顔をしかめた。


「ここから東に行ったとこの山に帝の皇子を攫った鬼が住んでんだと。
で、勇者様ご一行がそれを退治にいらっしゃるんだとよ。

皇子が生贄にされる時には都から休みも取らせず引きずっていったくせによ。
生贄取り返すためのご一行様は物見遊山がてらここで一日休んで行くんだと。

偉い人の考える事なんざよくわからねえけど、親が育てる気なくてもお前みたいに無駄に育てる気ある奴に育てられた庶民の俺の方がよほど幸せだよな」

と、吐き捨てるように言うと、せっかく来たんだから茶でも…というアントーニョの申し出を仕事中だからと断って、ではせめてもと渡したお土産のトマトを手にロヴィーノが帰って行ったあと、アントーニョはしゃがみこんで足元で震えているアーサーに視線を合わせた。



「なあ…挨拶行こうか~」
と、のんびりとした口調で言うアントーニョに、アーサーは不思議そうに顔をあげる。

「親分がこうやって鬼になれたってことは、アーサーとちゃんとつがいになれた証やろ?
そしたら、親代わりの青鬼さんには一度ちゃんと挨拶せなあかんやん?
今回の事はアーサーと一緒で妖精さんに聞いて知っとるかもしれへんけど、知らんかったら教えたらなあかんし、知っとってお引っ越しするつもりやったら、お別れ言わなあかん」


「…妖精さんの声は…俺しか聞こえないし、ポルは知らないと思う。
……でも…良いのか?討伐隊が来ること教えたら、お前は本当に人間を裏切る事になるぞ?」

震える声でいう言葉に、ああ、そんな事を気にしていたのか…と、アントーニョは内心苦笑する。

「あのな~、人間裏切るわけちゃうよ。ロヴィの話聞いたやろ?
人間かて皇子に関する色々な事がええって思うとらん人間もおるんやで。
もしこれがただ人間の里を襲うような悪い奴やったら、相手が人間だったかて、親分も教えになんて行かへんよ?
でもちゃうんやろ?」

その言葉にホッとしたように頷くアーサーの頭を撫でると、アントーニョは

「ほな、お土産にうちの野菜持ってこか~。アーサー選んだって?」

と、立ち上がって笑った。



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