泣いた…ことはある赤鬼6

「……桃太郎は…偉いのか?鬼は悪いのか?
どんな鬼だとしても鬼だってだけで人間は鬼が嫌いなのか?」


こうしてまた帰り道、待合馬車の駅に向かう街外れの道で、浮かれた気分が一気に曇って、まんまるの緑の目からはポロポロと涙があふれ、子供らしくふっくらと可愛らしい頬を伝っては落ちる。


桃太郎と3人のお供が鬼ヶ島の鬼を退治したという話は、アントーニョが生まれる遥か前の出来事で、それでも子どもの頃はよくあるお伽話のように聞かされていた。

が、生まれる前の話なので、当然桃太郎なんかにあったこともなく、ただ、母亡きあとに育ててくれていた祖父が、『お前は桃太郎様のお供をなさった方に瓜二つらしいぞ~』と誇らしげに言っていたのもあって、なんとなく親しみのある好きな話の一つだった。


「ん~桃太郎さんて生きとったのは親分が生まれる前やしなぁ…。
鬼ヶ島行きはったんも更に遥か前やから、本当のところはどんな人やったとかようわからん。
ただ親分が聞いとるんは、鬼の王様が島の近くにある人間の村を滅ぼしたんが、鬼ヶ島行きのきっかけやったって話やで?
鬼やから言うんやなくて…例えば相手が人間とかでも一緒なんちゃう?
自分達に害を与えようとする相手は怖いっちゅうことやろ。
今回も天皇さんのまだ12の皇子さん攫った言う話やし」


「…攫ったんじゃない……」
「へ?」

ぽつりと呟かれた言葉に、アントーニョは目を丸くした。


アーサーは一瞬何かこらえるように唇を噛み締めて、それからアントーニョに怒ったような口調で

助けただけだっ」
と、断言した。



「ここ数年…飢饉が続いてただろ。
それで帝付きの占い師が、帝の末子、身分の低い更衣の腹の皇子を生贄として山の神に捧げれば、飢饉がおさまるって予言したんだ」

それからアーサーは赤い目をして、とつとつと話始めた。



「皇子を生贄として捧げる祭壇は俺とポルトが住んでた山の麓に作られたんだ。
何にもしてない…ただ母親の身分が低いってだけで都合よく選ばれた子どもを殺すための祭壇。
馬鹿みたいにいっぱい飾りがついてて、馬鹿みたいに立派だった。

ポルトっていうのは俺と一緒に暮らしていた青鬼で、80年前に桃太郎に滅ぼされた鬼の王様の弟だったんだって。

で、丁度桃太郎が来た時は鬼が島から遠く離れて難を逃れて、それからその山に一人で静かに住んでいたところに、同じく逃れてきた小鬼が連れていた赤ん坊の俺を託されたらしい。
小鬼は元々寿命が短くてすぐ死んじゃって、俺はそれからポルと二人で暮らしてて、その祭壇の事を知ったんだ。

お前が言った鬼の王様が村を滅ぼしたっていうのは、そこに桃太郎の剣が安置されてて、そのせいで鬼達は狭い鬼ヶ島で生きるしかなかったし、もし俺達が大人しくしてたとしても、きっと桃太郎はやってきて、”いつか人間に危害を加えるかもしれない”って理由で鬼を殺したと思うってポルトが言ってた。

だって人間なんて、理由もなく子どもを殺すように進言するような…そしてそれに従って当たり前に殺す生き物なんだぞ?

その王様が剣をどこかにやってくれたおかげで、ポルトや俺の親の鬼は外に出られて難を逃れる事ができたんだ。

俺は子どもは少し可哀想だなって思ったけど、俺達を滅ぼした人間のボスの子どもなんだし、放っておこうって思ったんだけど、ポルトは違って、子どもに罪はないし、何もしなくても追われる俺達とある意味一緒なんだからって、連れて来られた子どもを助けて連れ帰ったんだ。
ただそれだけだぞ。
攫ってなんかいない。殺されるところを助けただけだ」

なんと、そんな事だったのか…と驚くと共に、アントーニョはふと引っかかる。


「なあ、そんな優しい青鬼さんの所におったのに、なんで自分、あんな風に捨てられとったん?」

そう、それだ!

そんな優しい鬼なら新しく養い子が増えたからといって、元々いた子を追い出したりはしないだろう。


「もしかして…その皇子に追い出されたりしたん?」

そうするとそうなるわけだが、アーサーはその言葉にぽこぽこ頭から湯気をたてて怒った。

「マカオはそんな奴じゃないっ!良い奴だっ!良い奴だったから……」
「うん?」
「俺が自分で出て行った…」
「は?」

話のつながりがわからずアントーニョはぽかんと呆ける。



「えっとな…ポルトが…なんか俺の時と違う感じがした。
マカオも俺に対するのとポルトに対するのは何か違う」
「え~っと?」

「要は…たぶん…つがいに対するそれみたいな感じだったから…」
「あ~…つがい言うんは恋人とか夫婦とかそういうもんやんな?」

自分の持っている認識と鬼の社会での認識とはもしかしたら違うのかも…と思いつつ、アントーニョが聞くと、アーサーはこっくりうなづいた。


…ていうことは……

「青鬼さんは女なん?」
「いや?男だけど?」

…う~ん………

「ああ、人間は男と女ってあるよな、そう言えば。鬼は性別関係ないぞ。
雌雄同体だから、たまに趣味で人間の女みたいな姿取る鬼もいるけど、生まれたての時はたいてい人間で言うところの男みたいな感じだ。
だから鬼同士ならそういうの気にせず好きになるし、人間が相手の場合でも問題ない」

「せやけど…相手は人間の子やろ?」

「えと…な、鬼がそう望んでつがいとして鬼と情を交わせば、その人間は人外の者として生きる事が出来る。
人間だったら通常数十年ほどの寿命も2300年くらいになるし、容姿だって鬼のように角が生えて、その代わりに成人後、あまり老いなくなるし、性別の概念も鬼と同じになる」

「なるほど。そしたら皇子が男でも女でも関係ないっちゅうことやんな?」
「そういうことだ。」


鬼のメカニズムなど知る機会もなかったので、目から鱗な事ばかりだが、聞かなければならない事はまだあった。

「で?なんで自分あんな風に箱に入っとったん?」

そこだ。

どうやら気を利かせて家を出て行ったらしいが、何故捨て犬みたいな事になっていたのか、まだ聞いていない。

するとアーサーは少し気まずげに俯いて、それからまた大きな目に涙の粒が浮かんでくる。

「し…かたないだろぉ!鬼はもうほとんどいねえんだよっ!!
ポルトのとこ出たらもう仲間はいないんだ。
でも…でも、ずっと一人とか…それも平気なんだけど、平気なんだけどなっ!
だけど、一緒に暮らす相手いたほうがいいかなって思ってっ。
角隠したりもできなくはねえけど、ずっとは無理だし。
角生えてても小さな生き物なら怖がらせねえかなって。
マカオは普通に怖がらなかったし、良い奴だったし、人間でも鬼を嫌いじゃない、良い人間もいるかなって思っちまったんだよっ!」

そのままタガが外れたように大声で泣き始める子どもをアントーニョはぎゅうっと抱きしめた。

「そうやったんか~。おかげで親分、アーサーと出会えたんやな。
ほんま、アーサーがそうやって待っててくれて良かったわ~」

と、なだめるように背中を撫でながら、首に腕を回してシャクリをあげる子どもの頬に自らの頬を擦り付ける。

「親分な~、預かってた子ぉ達が皆出て行ってもうて、めちゃ寂しかったんや。
人間でも赤鬼でも他の何だったとしてもアーサーが居ってくれて嬉しいで。
これからずっと一緒に居ってな」


と言うと、返事の代わりに首に回した腕の力が少し強くなる。


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