泣いた…ことはある赤鬼5

その日は朝早くに家を出た。


アーサーに草鞋を5足入れた背負い袋を背負わせてやり、自分は背中に大きな背負い籠と両手に売り物のいっぱい入った籠を持つ。


手が空かないため、アーサーには自分の服の端を絶対に放さず握っているようにと、くれぐれも言い含めて、その小さな体に合わせていつもの倍くらいゆっくりと乗り合い馬車の駅まで向かい、そこから馬車で街へと向かう。


そんな風に道中はいつもよりずいぶん長い時間をかけて街に辿り着き、物珍しげにキョロキョロと周りを見回すアーサーがうっかり手を放してしまわないように気をつけながらも、良さそうな場所を見つけて出店を広げた。



――まあ、ずいぶん可愛い売り子さんね。

と、その日はアーサーがいた事もあって、女性客がこぞって物を買ってくれる。


しかも、意外にもアーサーは商売上手らしく、小さな小刀で売り物のトマトを切ると、

――一生懸命作った美味しい野菜なので、お姉さんにぜひ食べて欲しいんです。味見だけでもして頂けませんか?

などと、普段の粗暴さが嘘のように、その容姿の可愛らしさを全面に出して笑顔で勧めると、そこで足を止めずに通り過ぎる女はいない。

アーサーの頭を撫でながら、トマトを一欠摘んで、トマトの他にもいつもよりも少しだけ値段を上乗せした大量の野菜を買って行ってくれる。

こうして野菜の販売はほぼアーサーに任せてアントーニョは毛皮と草履を売るのに専念していると、いつもよりずいぶんと早く、売り物はまたたく間に完売した。


最後の毛皮が売り切れる頃には、アーサーはもう野菜を全て売り切っていて、客の年配の女性が可愛らしいお手伝いさんに、と、くれた饅頭を頬張っていた。

そして、きっちりと半分に割ったそれを、ん、と、アントーニョに渡してくれる。


「おおきに、でもせっかくアーサーが貰ったもんやろ?」

と一応は遠慮してみるものの、

「か…家族は分け合うもんだろ」

と、真っ赤になってソッポを向きながらもそんな可愛らしい事を言ってくれるので、もう一度礼を言ってアントーニョもそれを頬張る。


こうして二人で饅頭を仲良く食べ終わると、今度は買い物の時間の始まりだ。


いつもよりも高く売れた野菜のおかげで、ずいぶんと懐が温かい。

軽い物から…と、まずアーサーの好きな砂糖菓子を買って、それから茶、砂糖、塩、布地などの村では手に入らない調味料や贅沢品などを買い込み、それらをアントーニョの背負い籠に放り込む。

アーサーを連れていると、店の…特に女性の売り子は可愛い可愛いと菓子などを持たせてくれるため、アーサーの小さな背負袋もそんな貰い物の菓子で膨らんでいた。

こうして買い物を全て終えると、二人は出店の蕎麦を食べて腹ごしらえをする。


そんな時だった。



大通りに立派な着物を着た役人が大勢札を持って歩いて行く。


求む!鬼退治!

と、大きく書かれた表題の下には、帝の末の皇子をかどわかした鬼を退治してくれる勇者を求む、謝礼は金貨100枚。我こそはという者は御所前まで…と、書いてあり、練り歩く役人がそれを読み上げながら行進していた。


街の人々は皆、怖いねぇ、こんな時こそ桃太郎様がいらしてくだされば…などとコソコソと、時にはそれなりの大きな声で話しているのを、アーサーは黙って俯いて聞いている。


カタン…と箸を置いたアーサーに、人の良い蕎麦屋の主人はまったく悪気なく、

「怖がらなくても大丈夫だよ、坊や。桃太郎様が亡くなって早30年にもなるが、英雄がいなくなったって街は強いお役人が守って下さってるからな。鬼なんか来てもイチコロさ」

と言って、アーサーの金色の頭を撫でる。



「おっちゃん、ご馳走さん、お代ここに置いとくな~」

と、そこでアントーニョは代金を台に置くと、俯いたまま固まっているアーサーをヒョイッと抱き上げて店を離れた。



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