泣いた…ことはある赤鬼3

「妖精さん、妖精さん、これにもな~」

アーサーとの暮らしが始まってからは、久々にアントーニョの畑に子どもの声が響き渡るようになっていた。


自称赤鬼 ―― 一応角らしきモノはあるものの、あまりに可愛らしすぎるため、アントーニョは未だ半信半疑ではあるのだ―― のアーサーは、鬼なのかは別にして人外のものであることは確からしく、アントーニョには見えないモノが見えているようである。


畑の中で時折ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手招きをすると、何かキラキラしたものがアーサーの周りに集まってきて、アントーニョの作物にキラキラとした光をふりかけていく。


アーサーいわく、作物が美味しく育つおまじないをかけてもらっているそうだ。


実際それはでたらめではないようで、そうやって光をふりかけてもらった野菜は、大きく見目が良いだけではなく、たいていとても美味しい。


――なあ、俺役に立ってるだろ?

膝をついて作物の様子を見ているアントーニョの膝小僧に背伸びをするようにして手をかけ、少し心細げに…でもそれを押し隠すように偉そうな口調で聞いてくる可愛らしい様子に、アントーニョが顔をほころばせて


「そうやね。アーサーのおかげでめっちゃ美味い野菜になって、最近は村に持って行ってもすごい高値で取り引きしてもらえるんやで。
今度は街に持っていって、アーサーの大好きな菓子いっぱい買うたろな」

と、頭を撫でると、とたんにふにゃりと嬉しそうに笑う。

可愛くて愛おしくて、人を害する””とは到底思えない。


「じゃ、じゃあ俺、もっと妖精さんに頼んできてやるっ!」

と、ふっくらした頬を紅潮させて、目をキラキラさせて走り出していく様は、サイズこそ小さいモノの幼子そのものだ。


「ほいほい、でもそんなに走らんでええよ~。転んだら大変やで~」

と声をかけると、くるりと振り返って

「転ばねえよ~!」

と応える姿は、素直に物を言えない一番年下の育て子を思い出させた。


しかしあの子とは違い、おそらく帰る場所も身を寄せる場所もないため、出て行く事もない。



――アントーニョも調子に乗った親戚に子ども達押し付けられて大変だねぇ…

と、しばしば村人には言われたものの、それは違うのだ。

大変なのは押し付けられた事ではなく、手放さなければならなくなった時の寂しさの方だ。



「アーサー、おいで~。ご飯にするで~」

と呼べばてててっと駆け出してくる小さな子どもを抱き上げて、濡らした手ぬぐいで顔や手についた汚れを拭いてやり、縁側に座って用意しておいた特別に小さな握り飯を渡してやると、もきゅもきゅ頬張るその姿を見守れることの幸せ。



湯呑み代わりにしているおちょこに白湯を入れて渡してやるついでに、子供らしく丸みを帯びた頬についた米粒を取ってやって、そのまま自分の口に運び、自分もようよう握り飯に手を出す。


「あのな、あのな、」

と、子どもが目を輝かせながら話す、アントーニョが畑仕事をしている間にした冒険の話を聞いてやるのも、子ども達が独り立ちするずいぶん前からなくなっていたことで、心がほっこり温かくなった。


暖かな日差しの中、思い切り遊んだあとに腹が膨れたら途端に眠くなったのだろう。

コシコシと小さな手で目をこするアーサーを抱き上げて、ポンポンと軽く背を一定リズムで叩いてやると、くふあぁぁ~と大あくびをして、そのうちコテンと眠ってしまう。


温かな子ども体温は本当に気持よくて、アントーニョは座布団を2枚持ってくると、一枚にはアーサーを寝かせ、一枚はたたんで自分の枕にして、自分も午睡を取ることにした。


こうして夕方、少し日が翳ってきた寒さに目を覚ませば、いつのまにやらアーサーがやはり寒かったのかアントーニョの脇に潜り込むようにしてそれでも眠っている。


――かわええなぁ…

と、その黄色い小さな頭を一撫で。

しかし収穫した野菜はしまわねばならないと、アントーニョは寒くないように自分の上着をその小さな体にかけてやると、置きっぱなしにした野菜の籠を取りに畑へと戻っていった。


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