泣いた…ことはある赤鬼2

そうしてしばらく囲炉裏の火がパチパチと音を立てて燃えるのをぼんやりと眺めながら暖をとっていたが、やがて懐で、ぴぎゃっと言うような小さな叫び声があがって、もぞもぞと子どもが動き出す。



アントーニョがちらりと視線を下に向ければ、右を見て左を見て、小さな手の平でコシコシと目をこすってまた右を見て左を見たあと、上を見たまんまるの目とぱちっと目があった。



とたんに硬直する子ども。

そしてわたわたと慌てたように手足を動かす。



「お、お前、誰だっ!!」

と、涙目で言う子どもをなだめるように、体を支えてやっている手と反対側の手で、その小さな背中をなだめるようにぽんぽんと軽く叩いてやる。



「怖がらんでええよ~。親分な、街への買い物の帰りに自分が入った箱見つけてん。
でな、暗く寒くなってきとったし【拾って下さい】書いてあったから拾ってきたんや。
うちにも前はちっちゃい子いっぱいおったんやけど、みんな独り立ちしてもうたし、今は親分一人やから、行くとこないならここにおったらええよ」


そう言っても子どもは緊張したようにプルプルと震えてアントーニョを見上げている。

その様子も大層可愛らしいのだが、同時にずっと怯えたままでは可哀想だと思う。


そこで、脇に置いておいた野菜や毛皮と交換してきた諸々が入っている袋の中から、貴重品、和三盆で出来た小さな菓子を出してその小さな手に持たせてやる。


なんだ、これは?と言いたげに大きな新緑色の目でアントーニョを見上げる子どもに

「和三盆のお菓子やで。舐めてみ?甘いで」

と教えてやると、子どもは恐る恐るその小さな舌を桜の花の形のその塊に向かって伸ばし、ぺろりと一舐め。

とたんにそれまで涙に埋もれていたその顔がぱああ~~っとわかりやすく輝いた。


なりは普通とは少し違うようだが、子どもは子どもだとアントーニョはその様子をみて微笑ましく思う。

やはり古今東西子どもというものは菓子が好きなものなのだ。


アントーニョが育てていたあの子達も甘い菓子には目がなかった。

もう年に数回、思い出したように顔を見せにくる程度で、とっくに菓子で喜ぶ年でもなくなってしまったのだが、ついつい昔のくせで街へ行くと菓子を買ってしまう。


そしていつもなら、帰宅してから寂しい気分でそれを口にしつつ、こんな気分になるなら買わなければ良かったと思うのだが、今回は久々に小さな子どもが菓子に顔を綻ばせる様子を見て、その少し贅沢な買い物もして良かったなと温かい気分になった。


「親分な~アントーニョ言うんや。自分は?なんて呼んだらええ?」

舐めているのがじれったくなったのだろう。

砂糖菓子の端っこを小さな口でかじり始めた子どもはきょとんとした目でアントーニョを見上げた。


「なんで?」

「なんでて…呼び名がなかったら一緒に暮らすのに不便やん?」

「…一緒に?!」

そしてまばたきをパチパチと2回。

それからそのふっくらした可愛らしい頬が紅潮した。



「お前馬鹿か?!俺のこの角見て何にも思わないのかよっ!!」

大きな丸い目が少し潤む。



「なんや髪留めみたいやんな。可愛えなぁ」

とアントーニョは指先でツンツンとその小さな角をつついた



「可愛くねえっ!俺はな、恐怖の赤鬼様なんだぞっ!馬鹿ぁっ!!」

ピッと可愛らしい手が頭に伸びてきてその指先を振り払う。



威嚇するように小さなまるで犬歯のような牙を剥き出された所で、おそらくアントーニョの家の一番小さな刃物ほどすら、何かを傷つける事など出来はしない気がするし、ぷるぷる震えながら精一杯自分を大きく見せようとするその様子は可愛らしいばかりだ。



もちろん普段はKYと言われるアントーニョだが、子ども相手にそんな事を言ったら良い結果にならない事くらいよくわかっている。

伊達に3人もの子どもを育ててきたわけではないのだ。



「そっかぁ~。赤鬼様やったら強いん?」

袋からもう一つ和三盆の菓子を出し、その手に握らせてやりながら言うと、子どもは予想外の返しにちょっと戸惑って、

「あ、ああ、まあな。すっごい強いんだからな」

と、それでもその小さな手でしっかりと菓子を受け取る。



「そか~。せやったら赤鬼様がこの家におったら、危ない奴きても安心やんな?」

さらにそう振ってやると、子どもはまん丸い目をさらにまん丸く見開いて、いい加減こぼれ落ちてしまうんじゃないかとアントーニョが心配になった頃、ぱっと耳まで赤くして、ふいっとソッポを向いた。



「まあ…な。そうまで言うなら、ここにいてやってもいいぞ」

と、素直でない言い方をしつつも、照れ隠しのようにガリガリとまた砂糖菓子をかじり始める。


その菓子が子どもの唾液とは違うもので濡れて色を変え始めたのに、アントーニョは気づいた。

見えないように背を向けながらも、シャクリをあげるたび揺れる背中で、子どもがずいぶんと心細い思いをしていたのがわかる。



「おん。親分な、一人ぼっちやねん。せやから赤鬼さん、護衛がてら一緒に暮らしたって?」

と、その小さな体には湯のみでは大きすぎるだろうと、おちょこに茶を煎れてやりながら言うと、子どもは小さな小さな声で……さー…と呟く。


「うん?」

あまりの声の小ささに聞き取れずに聞き返すと、クルリと振り向いて少し怒ったような口調で

「アーサーっ!呼び名ないと不便だって言ったのはお前だろうっ!!」

と子どもは叫んだ。

「ああ、自分の名前な。おおきに。これからよろしくな~、アーサー」

とアントーニョが指を差し出すと、アーサーはそれを握って握手をする。



これがアントーニョと赤鬼アーサーの出会いであった。




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