と、キクが同じく衣装係りのロヴィーノにため息まじりに呟いたとおり、本当に不思議なくらいその役柄そのままの人物達が舞台で動いていた。
演技…というにはあまりにもはまりすぎている。
観客も同様のようで、女性客の中にはすでに目に涙を浮かべてハンカチを握り締めているものもいるくらいだ。
事実…この劇の後あたりから、
「あなたが姫を好きでも構いませんっ!2番目でいいからっ!」
という熱烈なラブレターが多数ギルベルトの元に届けられたりするようになった。
観客のほうも役者と役柄の境界線がだんだんわからなくなるくらい、それぞれがはまり役だったと、評論家達にも絶賛されることになる。
ギルベルト演じるクラウスがひた走り、ジョゼに手紙を渡したところで、回想シーンが終わり、舞台は再び手紙を手に王子に謁見するジョゼのシーンに戻った。
ジョゼから渡されたマーガレットの手紙を見たときのカルロスの動揺と嘆きは凄まじいものだった。
すぐにでもアイリーンの元へ駆けつけるのだ…
もし現身でそれが叶わないなら、いますぐ命を断ち切って魂だけでも構わない。
そう絶叫する親友に、ジョゼは人払いをしていたことに安堵する。
そして今にも剣を手にするため自分に襲い掛かろうとする王子を落ち着くように言い含め、使いとしてきたクラウスと自分で脱出の手配を整える旨を申し出る。
それはすなわち自らの進退も危うくする行動ではあるが、それならそれで世界の美女に会いに旅に出るのも悪くは無い…と、楽天家で享楽家のこの男は思うのである。
その時から一転、色々を諦めたように大人しくなった王子に、てっきりジョゼの説得が成功したものと安堵した王は警戒の手を緩める。
そこで警備が緩みきったそれから数日後、ジョゼとクラウスの手引きで王子は姫のもとへとひた走った。
王からは当然追っ手がかけられるが、その前に立ちふさがり、王子を逃がすジョゼとクラウス。
クラウスはその場で多くの追っ手を道連れに討ち死にし、ジョゼは捉えられ処刑場に送られるが、そこで愛の素晴らしさを高らかに謳って処刑される。
そんな二人の犠牲も知ることのないまま、王子はひたすら姫のもとを目指した。
クラウスとジョゼ、二人がそれぞれ死ぬシーンでは、それまではシンとしていた場内で、女性客の黄色い悲鳴が上がる。
「いや~愛を謳いながらって、お兄さんらしい最期だよね。」
と、ニコニコしながら舞台裏に下がるフランシスと、
「まあ…死ぬならやっぱり戦場でだよな。」
と、こちらも満足げなギルベルト。
出番が終わった二人がこうして一息つきつつ、最後の挨拶のために着替えている間も、舞台はクライマックスに向けて進んでいく。
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