息を引き取る直前の姫の病床で、王子がこちらへ向かうとクラウスから連絡を受けたフェリシアーノ演じるマーガレットが祈るように手を合わせる。
「王子様がもうすぐ来るからねっ」
クラウスから連絡を受けてすぐ姫にもその手紙を見せるが、優しい幼馴染の性格を知っているアイリーンは、それも自分を慰めるための優しい嘘なのだろうと、諦めたようにそれでも礼を言って微笑む。
姫が信じていない…それをじれったく思いながらも、王子の到着を待ちわびるマーガレット。
一方、馬を降り、用意された隠し通路を疾走するアントーニョ演じるカルロスの表情は焦燥に満ちている。
演技とは思えないその表情に観客も息を呑む。
実際…アントーニョ自身も泣きそうだった。
脚本上間に合わないとわかっていても、急ぎたくなる。
愛しの対がもし自分を待ちつつ死んでしまったとしたら……
そう考えるだけで気が狂いそうだった。
「マギー…ありがとう…。あなたがいてくれて幸せだった。」
嘘ではない…しかし完全に本意ではないであろう言葉と共に泣きそうな顔で笑みを浮かべ、姫がそのまま瞼を閉じたのとほぼ同時にバタンっ!!!と大きな音をたててドアが開く。
しかしその大きな音を聞くこともなく、ほんの一瞬の差で息を引き取った姫に、舞台の上のマーガレットのみならず、観客席からも泣き声があがった。
「ほんの1秒…ほんとにたった今……」
そう言って泣き崩れるマーガレットの言葉に、呆然とベッドに目を向けるカルロス。
「…嘘や……嘘って言うてや……」
独り言のようにつぶやきながら、茫然自失の態でふらふらとベッドに近づき、すでに呼吸を止めた最愛の姫に手を伸ばし、息のない事を改めて確認した瞬間…
「うあああああ~~~!!!!!!!」
頭を抱えて絶叫すると、その場に崩れ落ちた。
「嫌や、嫌やっ!目ぇ開けたってっ!!!嫌やあああーーーー!!!!」
気が狂ったように力を無くした姫の体をかき抱き、半狂乱で絶叫する王子。
褐色の頬をとめどもなく涙が伝い、形の良い唇が悲しみに震える。
目の前の現実を否定するように大きく頭を横に振るが、神は無情にも王子の悲しみを汲んで最愛の恋人をその手に返す事はなかった。
化粧のためとはいえ、本当の死人のように青ざめて、演技とは言え本当に息絶えているようにピクリとも動かないアーサーの姿に、アントーニョの心はズタズタに切り裂かれた気分だった。
これが現実ならいっそ気が狂って死んでしまいたい…と、演技の域を超えて本気で泣き叫ぶ。
まるで演技とは思えないほど迫真の演技だったと後に評されるが、実際アントーニョの中ではそれは演技ではなく、悪夢に他ならなかった。
愛しい愛しい対が自分を待ち焦がれつつも、間に合わず、一人で逝ってしまう……これ以上の悲劇が他にあるだろうか…。
そんな風にしばらく身も世もなく泣き叫んだあと、アントーニョが演じるカルロス王子は、ふらりと姫の体を抱きかかえたまま立ち上がった。
遺体を抱いたままであったので、とどめようと思わず立ち上がりかけるマーガレットに、王子は力なく
「お願いや…見逃したって?」
と、微笑むと、姫の遺体を抱いたまま、夜の闇へと消えていく。
姫の部屋からは悲劇の恋人達が去り、ただフェリシアーノ演じるマーガレットだけが残される。
そこで舞台は暗転した。
次に登場するのは姫の住む城から少し離れた小さな森の中の教会跡。
小さい頃は護衛兼幼馴染のクラウスと友達のマーガレットと一緒にそこで遊んだのだと、自国にいる時にアイリーンから聞いていた場所だ。
教会の周りの綺麗な花畑で、王子は花を摘み、花かんむりと花の指輪…そして小さな花束を作る。
それで姫の遺体を飾り、教会の中へ。
悲しそうに…それでも口元に笑みを浮かべて静かに目を閉じている最愛の姫はやはり美しかった。
二度と会えない気がする…
帰国の日にそう言った恋人の言葉を何故自分はもっと重く捉えなかったのか…
何故あの日、国の形式など無視して手の内に留め、略式でもなんでも良いから式をあげて正式に関係を結んでしまわなかったのか…
もしくは自分の方が一緒についていってやればこんなことにはならなかったのではないだろうか…。
そうだ、離れなければ一人で心細く逝かせる事もなかったのだ…。
悔恨ばかりが脳裏を走った。
「堪忍な…。寂しいまま、不安なまま、辛いまま一人で逝かせてもうて…。
約束…守れんで……ほんま堪忍な…。
でも俺は誰が認めんでも唯一アイリーンの夫で、アイリーンは唯一俺の妻や。
神様にかて離させたりできひん。
生きるんも死ぬんも一緒や。
すぐ追いつくからな…」
ボロボロと泣きながらも愛しい姫の遺体に優しく語り掛けると、王子は教会に火をつける。
古びた木の教会に火はあっという間に燃え広がり、最期に初めて口付けを交わす二人の恋人達を包みこんだ。
ここで再び閉じる幕。
観客席を息を呑む音、ため息などが漏れ渡る。
そして舞台裏。
幕が下りてもまだ号泣しているアントーニョからアーサーを引き剥がすのが一苦労だ。
「ちょ、トーニョ、お前いい加減に坊ちゃんを放しなさいよっ!
次の着替えできないでしょっ!!」
と、見かねて間に入ろうとしたフランシスに
「嫌やあーーっ!引き離さんといてっ!!!!」
と、いきなり飛ぶ鉄拳。
「ちょ、待てっ!!!」
と、慌ててギルベルトがフランシスをかばわなければ、まともに顔にこぶしが入っていた。
「おい、マジ時間ねえってっ!!!」
と、ロヴィーノも駆け寄ってくるが、アントーニョはぎゅうぎゅうときつくアーサーを抱きしめたまま放そうとしない。
「とーにょ…時間が……」
と、腕の中でアーサーがオズオズと言っても、ただ首をブンブンと横に振るだけだ。
どうしよう?
無理に引き剥がそうとしたら、太陽の宝玉の適応者様のことだ。
今度は炎のハルバードの餌食にされかねない。
誰もがそう途方にくれた時、その状況を打開したのはキクの一言だった。
「放さないと…二人が生まれ変わって結ばれることが出来ないですよ?
このままじゃ悲恋で終わってしまいます。」
そうだっ!ハッピーエンドにならなくてはっ!!!
よくも悪くも感情的で切り替えの早いこの男は、そこでパッと顔を上げ、
「すぐまた会おうな。」
と、アーサーに口付けると、
「ロヴィ、さっさと衣装用意してやっ。
大急ぎやでっ!」
と、何事もなかったように要求して、子分の怒りの頭突きを食らうことになった。
「やれやれ、今回はちょっと役に入りすぎだよ。」
と、フランシスは肩をすくめ、
「マジ理事長呼んでこねえとかと思ったぜ」
と、ギルベルトは天を仰いでため息をつく。
そして…当のアーサーは
「演技とはいえ、なんかすごく愛されてるみたいだよな」
と、赤い顔ではにかんだように言って、周り中から『えっ?!』と呆れた視線を向けられた。
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