アントーニョと二人で住む離れに帰ってもリビングのソファで台本を繰り返し熟読していると、スイっと上から手が伸びてきて、台本が取り上げられた。
「……あっ………」
空に浮いた手をそのままに上を見上げると、綺麗なエメラルドが自分を見下ろしている。
「ほんちゃん明日やし、もう見てどうなるもんやないから、見るのやめとき。
それよりゆっくり休んだ方がええで?
とりあえずメシ食お。」
ワシャワシャとあいてる方の手で頭を撫でられ、ダイニングへ促された。
自分と違ってすでに人気俳優で、戦闘でも中心になって戦うアントーニョは、自分より遥かに忙しいであろうに、こうして毎日美味しい食事を作ってくれている。
だからどんなに気持ちが沈んでいても、それはそれでありがたく頂かないと失礼だと思う。
――頂きます。
と手を合わせて口に運ぶ料理。
普段はホントに全て美味しくて幸せな気分になるのだが、今日はなんだか味がしない。
明日が怖い。
自分が不評を買うのはもう仕方ない。
でもそのせいで舞台全体が不評を買ったらどうしよう。
元々魔力が高いせいで宝玉に選ばれただけで、アントーニョのようにスター性があるわけではないのだ。
人を惹きつける魅力という観点で石が人を選んでいたら、自分は絶対に選ばれなかったと断言できる。
それこそそういう意味ではフェリシアーノの方が百倍可愛らしく魅力的だ。
そんなことを考えながら機械的に食事を終え、風呂に入り、早くやすめと言われてベッドに追い立てられる。
確かに起きていても台本を読むくらいしか何もする気が起きない。
それなら早く寝てすっきり目覚めたほうが良さそうだ。
そう思ってベッドに入ったものの、目をつむると明日の事が気になって眠れない。
もし不評だったら…
…怖い…怖い…怖い……
――眠れへんの?
横たわるアーサーの頭に顔を埋めるように隣で横たわっていたアントーニョがゆっくり半身を起こしてルームランプをつけた。
淡い光に照らされたその顔はやっぱり端正で、自分が憧れた時のまま変わらない。
舞台の上でなくてもキラキラと輝いて見える。
こんな顔を間近で見られるだけじゃなく、舞台の上の明るい性格のままのスターに日々優しくしてもらえるなんて、ありえない幸せだ。
でも…それだからこそ、足を引っ張る事しか出来ない自分が情けなくて居た堪れない。
緩いと自覚があってもどうしようもない涙腺が緩んでポロポロと頬を伝うアーサーの涙を、アントーーニョは指先で拭って、それから優しく微笑んだ。
「アーティ、無理させて堪忍な。
そりゃいきなり主演なんて怖いわな。
アーティ繊細な質やしな。」
そう言いながら、まだ涙が止まらない目尻にちゅっとくちづけた。
「ち…ちがっ……俺…ホントは…実力ないからっ……
俺のせいで…トーニョにまでっ…めいわく…かけ……」
ヒックヒックとしゃくりを上げながらたどたどしくそう口にするアーサーに、アントーニョは言い聞かせるように視線を合わせて言った。
「なあ、親分が舞台に立つのってええことやと思う?それとも立たへん方がええと思う?」
言われた言葉は意外な言葉で、アーサーは真意を汲みかねてキョトンとアントーニョを見上げる。
そんなことは答えるまでもない。
アントーニョは素晴らしい役者で、ファンもたくさんいるのだ。
立たない方が良いなんて事はありえない。
そんな当たり前な事を当然のように告げると、ほな、仕方ないやんと、アントーニョは笑った。
「親分もうアーティやないとあかんねんもん。
舞台の上でやってアーティー以外の相手じゃ感情込めて口説けへんから…親分が舞台立つためにはアーティが絶対に不可欠やねん。
せやからもし明日まんがいちにでもアーティが何か失敗してしもても、それはアーティのせいやないで?
自分がおれへんと舞台立てへん親分のせいやさかい、なんも気にせんでもええし、心配せんでええ。
全部親分の都合やし、全部親分が責任持ってなんとかしたるから、大船に乗った気でおり。」
そう言って濡れた頬を撫でるアントーニョの手は温かくて大きくて安心感に満たされる。
チュッチュッとリップ音をたてて、甘やかすように顔中にキスを落とされれば、不安が徐々に溶けていき、さきほどまでヒックヒックとあげていたシャクリはだんだんクスンクスンと収まっていく。
アントーニョは容姿がカッコよくて、強くて、華があって、演技がうまくて、明るくて、おまけに甘やかすのがすごく上手なのだと思う。
決して自分が我儘だと感じさせずに、気が付くとデロデロに甘やかされている。
「……あっ………」
頬を撫でていたはずの手がいつのまにか敏感な胸の突起をかすめて、自分でも恥ずかしいくらい甘い声があがった。
明日が舞台初日だ…。
そんな日にまさか?
嫌とか非難とかでもなく、単純にその真意をわかりかねて、それを問うように視線をその美しいエメラルドグリーンの瞳に向けると、そこには多大なる慈愛と…そして少しの欲が見え隠れしている。
――アーティは起きとると色々考えてまうからな?気持ちよう寝かせたるわ。大丈夫。舞台に響かへんようにちゃんと加減したるから。
そんな言葉と共に、今度は深く口付けられれば、アーサーも安心してその手に身を委ね始める。
そう、大スターであり、宝玉の中でも最強の攻撃力を誇る太陽の宝玉の適応者であるアントーニョの言葉に間違いなどあるわけはないのだ。
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