ローズ・プリンス・オペラ・スクール・ねくすと前編_6

「っ!!」

稽古場から廊下にでて、可愛いあの子はどうしてるだろうか…と気にかけた瞬間、通じあっている宝玉を通して、愛しい対が沈んだ気持ちでいる事を感じれば、もうそこからはダッシュだ。

舞台衣装の重さなどものともせず、長い廊下を力の限り走りぬけ、アーサーがいる控室のドアを思い切り開ければ、そこには衣装を手に放心中の愛しいパートナー。

いきなり開いたドアから顔を覗かせるアントーニョに、大きな丸い目をさらにまんまるくして、ぽか~んと一瞬呆けたあと、ハッとしたように衣装を引き寄せて細い身体を隠し、赤くなってうつむく姿は、アントーニョの心臓を鷲掴みにする。

ズクリと一瞬欲を感じるが、石を通して伝わってくるアーサーの消沈した気持ちに、哀れさと庇護欲が上回る。

「アーティ、どないしたん?
衣装…着れへんの?それとも何ぞ嫌がらせでもあったん?
親分に話したって?」

うつむくバラ色の頬に手を添えれば、潤んだ綺麗なペリドットの瞳がおそるおそると言った感じにアントーニョを見上げた。

出会って3日で全てを奪ってしまったにも関わらず、そんなちょっとした仕草に、今だ相手を見つめるだけの初恋中の思春期の少年のように、心臓がドキドキと高鳴る。

「アーティ?
な、話したって?」

傷つけないようにまるで羽毛で撫でるように柔らかく促すと、大きな瞳が戸惑いに揺れた。

「…コルセットを……」

震える小さな唇からポツリとつぶやかれる言葉。

「うん、コルセットがキツイん?
なら親分が緩めたるわ。」

と、背中に回そうとするアントーニョの手は、対の白い一回り華奢な手にトドメられる。

「違う。逆だ。
もっと締めないと…ドレス…似合わないだろ。」

「はあ??」

思わぬ言葉にアントーニョは一瞬ぽか~んと口を開いた。

こんなに同じ男としてありえないほど細い腰をして、何を言っているのだ。
本当のところ、コルセット自体不要だと思う。
こんなに細い腰を締め付けたりしたら、下手すれば折れてしまうのではないかと、心配なくらいだ。

「何言うとるん?
アーティめっちゃ細いで?!
はっきり言って、コルセットなしでもドレス十分入るんちゃう?
入らん?」

驚きでまくしたてるように言うと、アーサーは

――入るけど……華奢さが足りない……

と、手にした衣装をぎゅっとさらに握りしめた。

いやいや、何をおっしゃるウサギさん。
今のドレスを着てない状態ですら、頼りない少女のような雰囲気がにじみ出ていて、アントーニョの守ったりたいという気持ちの現れである親分ゲージがガンガンとうなぎのぼりに上がっているのだが……。

「自分…これ以上華奢になってどないするん?
今でも消えてしまいそうなくらい細いのに。」

そう、毎日毎日朝から愛情のこもった食事をたっぷり作り、離れている昼間も愛情弁当、もちろんおやつや夜ご飯もしっかり食べさせているのだが、アーサーはどうも身体につかないタイプらしく、頼りないまでに細いままだ。


「だって…フェリはもっと細い…」

「いやいや、フェリちゃんと比べたって自分の方が細いで?」

「そんなことない。さっきドレス着たフェリ見たら本当の女の子みたいに腰が細くて…」

「それ、気のせいやから。それよりむしろコルセットキツく締めすぎちゃう?
身体に悪いで?
ほら、親分が緩めたるからおいで。」

と手を伸ばせば、

「と…にょ……やだ……」
とアーサーは涙目で弱々しく抵抗を試みるが、本気で細すぎて折れそうで怖い。

「やだやないわ。そんなに締め付けたらしんどいの自分やで?少し緩め?」
と、それでも緩めようと背中に手を回そうとすると、アーサーはさらに本格的に抵抗を始める。

「やっ!やだっ!ホントにやだぁっ!!」
と泣くのは哀れを誘うが、身体を壊されるよりはいい。


「せやから…締め付けすぎたらアカンてっ!少し緩め?」
「無理っ…絶対にやだっ……」
「やって、アーティ、痛いやろっ。親分が良いようにしたるから…」
「あっ…あっ…やだっ…トーニョ…やだあぁぁ!!」

強引に背中のコルセットの紐に手をかけると、本格的に泣き出されて、アントーニョは途方にくれた。

攻撃力最強、怖いもの知らずの太陽の適応者様、演劇界の大スターも愛しの対には弱いのだ。

その対にそんなに悲しそうに泣かれたら、ぐうの音も出ない。
へにょんと眉尻を下げて、

「泣かんといて~。
親分が全部悪かったから、泣き止んだって?」

と、仕方なしにコルセットの紐から手を放した所で、いつまでたっても稽古場に来ない二人にシビレを切らした理事長に呼びにこさせられたのだろう。

「アーサー、入るよ~。」

と、いったんは着替え終わって稽古場入りしたフェリシアーノが戻ってきた。


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