愛しの対と引き離され、フランシスと二人、控室で衣装に着替えさせられて、アントーニョは至極機嫌が悪い。
ちなみにアントーニョの可愛い可愛い対のアーサーは、同じく可愛いフェリシアーノと二人、別室で着替え中だ。
「そんな事言ったって、今回は本番前最後の稽古だからね。
お前を着替え中の坊っちゃんと一緒にしたりしたら、いつまでたっても稽古始まらないじゃない。
お前、前科あるし…」
そんなアントーニョの態度にはもう慣れっこの悪友は苦笑しつつ、八つ当たりが鉄拳となって飛んでこないように念のためアントーニョから距離を取る。
そう…アントーニョはアーサーが関わると本当に理性がない。
アーサーが可憐なヒロイン役の衣装を身につける過程でムラっと来ないとは思えないため、こうして分かれて着替えなのである。
大事な舞台を前にいくらなんでも…と言う常識は通用しない。
アントーニョはなんと戦場でムラっと来て大人な愛情行動を致していて戦闘に遅れたという前科が本当にあるのだ。
それは以前、舞台のプロモーションの一貫として劇場で撮影をするということになった時のこと。
その撮影が実は罠で、今回のように着替えのため二手に分かれていたら、フェリシアーノとアーサーが襲われて、なかなかあられもない姿になった時があった。
その時、まずアーサーを救出して、フランシスに別の場所にいるフェリシアーノを先に救出しに行くように言ってその場に留まったアントーニョは、対の色っぽい様子に我慢が出来なくなったらしい。
あろうことか、まだ事態が解決もしていない敵地のまっただ中で、致してから戦線復帰をするという業行に出たのだ。
「あの時はさ…もうお兄さんもギルちゃんもダメかと思ったんだからね?
お前がもう一発やってたら確実にお兄さんとギルちゃんとフェリと3人お陀仏だったからね?」
そう…敵は軟体動物系で、ギルベルトの風系の攻撃もフランシスの幻術も全く効かず、あわや捕まっているフェリシアーノごと燃やすしかないかと、ひどく切羽詰まった状況まで追い込まれたところで、ようやく妙にすっきりした顔でたどり着いたアントーニョがヘラリと言ったのだ。
「あ~、堪忍な~。アーティ可愛すぎて我慢できひんかってん」
何が…と聞くまでもない。
3人の中では群を抜いてフリーダムなアントーニョではあるが、さすがにフランシスも呆れ返ったものだ。
というわけで、ひとたび対が関わると、元々ないアントーニョの理性というものに対する信頼は全くなくなるので、この状況なのである。
――まったく…お兄さんの方が被害者じゃない…
というフランシスの呟きは実にもっともで、決して、
――大事な舞台で支障出ても嫌やから、衣装で見えへんとこにしとくわ。
と、何そのヤンキー的な発想!…といいたくなるような発言と共に良い笑顔で腹を殴られなければならないようなものでは断じてないはずである。
そんなフランシスの方こそやめて欲しい組み合わせでの着替えを終えれば、それでもさすがに1年間主役を張ってきたスター様。
黒地に金の刺繍の衣装に、マントの真紅の裏地が見え隠れする、シックであると同時に情熱的な感じの格好のアントーニョは良い男だと思う。
性格の残念さがなければ…いや、その残念さを知らない面々が大騒ぎをするのは本当にわかる。
優美さでは自分も負けないと思うが、この野性的な熱情を感じさせるような魅力は自分にはない。
今回…仲を引き裂かれたまま衰弱して死んでしまった恋人の遺体を奪還し、彼女を抱きしめたまま来世で結ばれる事を願い、燃えさかる火の中に身を投じる激しい性格の王子を地でいくのは、やはり自分達3人の中では間違いなくこの男しかいないだろう。
実際、自分の対に何かあったら同じような事をやらかすのは火を見るよりも明らかだ。
こうして二人して着替えを終え、皆が集まる稽古場へ。
そこでスタッフや共演者の中に、アントーニョの感覚だとあり得ないほど長い時間――フランシスからしたら着替えの僅かな時間なのだが――引き離されていた対の姿がない事に気づいたアントーニョが
「アーティ、まだ来てへんの?
あかんやん。一人でおるなんて危ないし、親分迎えに行ってくるわ。」
と、劇場を一応本番並みの警護が取り囲んでいる中で何が危ないのかは謎だが、そう主張してすごい勢いで稽古場を飛び出して行くのを誰も止められなかった。
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