ローズ・プリンス・オペラ・スクール・ねくすと前編_2

お兄さんの葛藤


――と…にょ……やだ……
――やだやないわ。そんなに締め付けたらしんどいの自分やで?少し緩め?
――やっ!やだっ!ホントにやだぁっ!!
室内から聞こえる若干乱れたアントーニョの声とアーサーの苦しそうな涙声。


(…これ…今入ったら明日の舞台本番を待たずに今日がお兄さんの命日?)

フランシスは室内から漏れる何やら怪しい声に、アーサーの控室のドアノブにかけた手を止め、そのまま硬直している。



表の舞台でも裏の戦闘でも主役となる太陽、風、夢の宝玉。

フランシスはその中の夢の宝玉に選ばれた適応者である。

そして…1年間の特定の相手役不在の状態を経て、今年、表裏共にパートナーとなる対になる鋼の宝玉の適応者、アルが見つかり、彼と共に日々練習に、戦闘にと励んでいる。

そのフランシスの対であるアルは、本来は対がやるヒロイン役にはどうやっても出来そうにない――実際、舞台でのヒロイン役は一般生徒から連れてくるという事で双方納得している――体格ゆえ、太陽、風の適応者である悪友二人からは“メタ坊や”と揶揄される相棒ではあるが、少し我儘で子どもっぽい性格も、フランシスの作った食事を美味しそうに平らげる様子も、手のかかる弟が出来たようでなかなか楽しい。

そんなわけであれはあれでなかなか可愛いところもあるのだ、と、日々主張をしては、二人に生温かい視線を送られている。

が、日常生活では気のおけない家族のようなものだし、戦闘ではなかなか頼りになるパートナーだし、舞台でだって、冒険活劇のパートナーとしてなら無問題だ。


うん、お兄さん全然がっかりなんてしてないよ?とフランシスが言うのは、必ずしも強がりとかではないのだ。断じてない!
しかしながら、その兄弟のような関係は、一般的にイメージされる恋人同士のような対との関係と比べれば、若干様相が違うのも確かである。


風の宝玉の適応者であるギルベルトは、色々理由があって対を持たない。
その代わりにルッツという小鳥を相方に日々一人楽しすぎる生活を送っている。


そして…最後の一人、太陽の宝玉の適応者アントーニョは、そんな二人とは対照的に、1年遅れて入学してきた1歳年下の対を、一般の対に対するイメージを遥かに超えたレベルで、それはもう熱烈に愛してしまっている。

元々太陽の石の適応者は代々そういう傾向があるらしいが、彼らにとっては対である月の適応者はこの世で最も安全な所に置いて守ってやりたい世界で一番大事なお姫様で、自分の心の奥の最も美しく繊細で柔らかい部分を体現しているような大切な半身だ。

常に傍らに寄り添って守り、外敵がくれば全身全霊で排除し、万が一、先立たれた日には悲しみと絶望に正気を無くす者、後を追う者がほとんどだという。

もちろんアントーニョもそんな太陽の適応者の例にもれず、自分の対をおはようからおやすみまで、全力で保護し、守り、慈しみ、抱え込んでいる。

そうとは知らず、アントーニョの対のアーサーに言い寄って太陽様の逆鱗に触れ、命からがら理事長室に逃げ込んで、二度と近づきませんの誓約書を書いてようやく命拾いしたという同級生もいるくらいだ。

万が一にでもアーサーが一人で出て行ったりしないように、アーサーの着替えは全てアントーニョが鍵付きのタンスにしまいこんでいるという事実に至っては、もうフランシスからしたら、そこまでの執着ってどこのリアルホラー?くらいの恐ろしさ、息苦しさだが、当の対であるアーサーはそれを異常とも感じていないらしく、普通に受け止めている。

おっとりしているのか、大物なのか、フランシスにはよくわからない。


そんなわけで、たとえそれが、明日の舞台本番開幕を控えての最後の舞台稽古が始まるから二人を呼んでくるようにとの理事長からのお達しであったとしても、万が一にでも今室内で大人な愛情表現が行われている最中でアーサーのあられもない姿など目にしてしまったら、本気で太陽様になぶり殺されるのは目に見えている。

3つの宝玉の中でも攻撃特化で最強を誇る太陽の適応者である。

以前アーサーを巡ってのトラブルで風の適応者のギルと二人、二対一で挑んだ時ですら全く歯が立たず、元太陽の適応者である理事長のローマが駆けつけてくれなければ、二人して殺されるところだったくらいだ。
フランシス一人なら1秒も持たない、文字通り瞬殺される事請け合いだ。

かと言って二人を呼んでくるように命じたのは、学園一の権力者である理事長様で…

(どっちにしてもお兄さん絶体絶命?!)

と、どうもいつもいつも貧乏くじを引かされている自分の身を嘆いていたが、そこに救世主が現れた。

「フラン、何してんだよ?さっさと呼んで連れてくぞ」

と、アーサーを呼びに行ったまま戻ってこないアントーニョをさらに呼びに行って戻ってこないフランシスをさらに呼びに来たギルベルトの声に、フランシスは心底安堵した。

ちょうどいい。
理事長のお気に入りでもあり、戦いでも単純なパワーではアントーニョに適わないまでも、戦略に優れ、器用に戦闘をこなすこの男に全てを投げてしまえ。

そんな事を思いつつ、

「いや…なんというか…今入ったらお兄さん明日の舞台が踏めなくなる気がするんだけど?」

と困ったように視線を向けると、ドアの向こうからは相変わらず

『せやから…締め付けすぎたらアカンてっ!少し緩め?』
『無理っ…絶対にやだっ……』
『やって、アーティ、痛いやろっ。親分が良いようにしたるから…』
『あっ…あっ…やだっ…トーニョ…やだあぁぁ!!』

と妄想を掻き立てられる攻防がさらに聞こえてくる。

そこで急に静かになる悪友。
ふと視線を移すと、さきほどまで強気な発言をしていたギルベルトは無言で前かがみになっている。

――うん…童貞には刺激強いよね、あの馬鹿っぷるの攻防は……。

こりゃあ駄目だ…と、フランシスはため息をついた。


これは…もう理事長にご足労願うしかないよね。
お兄さん殺されたら明日の舞台穴があくし…

諦めて反転しかけたフランシスの後ろからまた第三者の声がした。

「フランシス兄ちゃん、爺ちゃん遅いって待ってるよ。
何してんの?こんなとこで。」

固まる適応者二人を尻目に、当たり前にドアノブに手をかけるのはフェリシアーノ。
理事長の孫でアーサーの友人だ。

「い、いや、あのね、今入ったらお兄さんの命日が……」

「もうっ。みんな待ってるんだよ~。早く呼ぼうよ。
アーサー、入るよ~。」

慌てて説明しようとするフランシスの言葉も、室内から漏れてくる声も気にならないらしい。
そのあたりのアバウトさがさすがに理事長ローマの孫といったところか。

カチャリと返事を待たずに開けたドア。

「兄ちゃんも着替え手伝ってっ!」

そこで逃げようとするフランシスの腕をガシっと掴んで、フェリシアーノは平然と室内へと足を踏み入れた。



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