「自分…あの子に一体何したん?」
二人が出て行った後に必死に手足を縛ったネクタイを解こうともがいて、ようやくほどけかけたところに、タイミング悪くスペインが一人で帰ってきた。
笑顔が黒い、死ぬほど怖い。
本気で異端審問の時代にタイムスリップしたかのような迫力だ。
「あ、あのね…」
と、口を開いた瞬間、ドン!!!といきなり踏み降ろされた足に、フランスの言葉は遮られた。
さきほどのイギリスの脅しとは違う。
とっさにフランスが後ろへ避けなければ、スペインの硬い靴底がフランスの鼻を直撃していた。
とにかく逃げられるようにしなければと解けかけたネクタイと格闘しながらフランスが見上げると、笑みの消えた凍りつくような冷ややかな目で、スペインが見下ろしてくる。
「ああ…言わんでええわ。
わかっとっても実際に言葉に出されると腸が煮えくり返って、自分の事ちゃんと生かしておく自信ないさかい。」
何か…すごく怖い勘違いをされている気がする。
「いやいや、お兄さん何もしてないからっ!
お前とした賭けの通り、坊ちゃんにお前に告白するって罰ゲーム与えただけだからっ!」
「ふ~ん…でも“責任が生じる”ような事したんやんなぁ?」
「知らないって!知りませんっ!」
「ていうか…親分と結婚しとってフランスに責任があるような事を親分に隠さんとあかんことって…そういう事…やんな?」
地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声音に、フランスはなんとか自由になった両手を使って半身を起こすと、ジリジリと後ずさった。
「…そういう事って?」
聞きたくないが聞いてみると、嫉妬で正常な思考がぶっ飛んでしまったのか、もしくは元々ぶっとんでいたのか、返ってきた答えはフランスの予想の遥か斜め上を言っていた。
「腹立つわぁ…。
でも子どもには罪ないし、アーティの子ぉやったら親分可愛がって育てたれる気ぃするから、絶対にもううちに近寄らんといてな。
もちろん父親やなんて名乗ったらハルバードで切り刻むで?」
「はあぁ???」
もう言っている事がよくわからず、ぽか~んと呆けるフランス。
どうしてそういう発想になるの?
ねえ、どこのメロドラマ?
お前らふたりとも男だよね?お兄さんもそうなわけだけど?
それ以前に俺ら国だから、子どもなんてありえないよね?
ていうか、さっきのやり取りのどこから子どもなんて言葉が出て来ましたっけ?
思わず恐怖も忘れて矢継ぎ早にそうツッコミをいれると、スペインは当たり前に
「やって、わざわざ親分に隠れて責任言うあたりでもう決まりやろ。
アーティに最初に告白したあたりで、不思議国家やから女になったり子どもが出来たりするかも言うとったし。
あの時は単なる言い訳かと思っとったけど、今考えたらそういう事やったんやなって。
でもあの子全然抱かれるの慣れとらんかったし、感じるとか言う事に戸惑っとったから、自分無理やり乱暴に抱いたんちゃう?
もうめっちゃ腹立つし、ちょんぎって世界のお姉さんにしたってもええねんけど、あの子が普通の体やない時にショック与えて何かあっても嫌やし、それは堪忍したる。
けど、二度とあの子と子どもには関わらんといてな。
親分がちゃんと自分の子ぉとして育てたるから。」
いやいやいやいや、スペイン、お前どんだけ脳内暴走…いや、妄想かな?してんのよっ!
妄想で世界のマドモワゼル達から憧れのお兄さんを奪うのは止めて下さいっ!
ホントお兄さんがお姉さんになったりしたら、全世界の女性が泣くからねっ。
そもそも、ありえないからねっ?!
坊ちゃんがいくら不思議国家でも子ども出来るとかありえないから。
というか、それ以前にお兄さん、普通でも坊ちゃんに子どもできるような行為したことありませんっ。
そもそもお兄さん相手なら快感得られないなんてありえないでしょっ。
曲がりなりにも愛の国なんだからね?
脳内で呟いていたつもりが、動揺のあまり口に出ていたらしい。
ドン!!!と、今度はもたれかかっていた壁にスペインの足がめり込んだ。
もちろん…フランスが慌てて避けなければ、その足はフランスの鼻のあたりを直撃してたわけだが…。
「自分が気持ち良かったとしてもや、あの子を気持ちよぉしてやれんかったのは事実や。
自惚れんなや、ボケがっ!!」
え?ええ??
いやいや、だからやってないって言ってるじゃん?
例えばの話じゃん?
なんで子ども出来るなんて有り得ないとかやってないとか、そういう部分だけ華麗にスルーされているかな?
「有り得ないってなんで言えるん?」
「へ?だって俺ら国だし?」
「これだから、アホは…」
よりによってスペインに、はぁ~っとドヤ顔で肩をすくめて呆れたように見下されると、なんだかお兄さんもさすがにもやっとするわけですけど…。
「自分、千年近くあの子の側に居って気づかへんの?」
「は?何に?」
イングランドのことは、お得意の『ばかあっ!』がまだ言えなくて『びゃかあっ!』だったくらいのチビの頃から知ってるけどさ、どこをどう見ても男性体の国以外の何者でもないんだけど……
「そんな事聞いてへんわ。」
うん、もう降参。お兄さんにはお前の脳内なんてどうやっても想像もつかない。
で?結局何が言いたいわけ?
と、尋ねると、スペインに可哀想な者を見る目で見られた…。
「あんなぁ、あの子あんだけ可愛えんやで?
神様かて、あの遺伝子は後世に残さなあかん、いや、むしろ世界中に広めなあかんて思いはって、あの可愛え遺伝子を残すために国の中でも特別に子ども出来るようにしはったに決まっとるやろっ」
いやいやいや…ごめん、もう斜め上じゃない。発想が異次元だよ。
AKYなんて思ってごめんね。お前は立派なKYというか…異次元空間に生きてる男だ。
…と言ったら強烈な一撃が降ってきた。
――とにかく…子どもは親分が自分の子ぉとして育てるさかい、名乗り出たりせんといてな。
と、最後にそんな言葉を聞いた気がしないでもないが、フランスの意識ははるか彼方に飛んでいった。
そして…次に目を覚ました時には、フランスは涙と汗とヨダレで汚れた床に横たわっていたのだった。
その後スペインがどうしたのか…少し気にならないでもなかったが、これ以上巻込まれたら本気で死ぬ。
それでなくてもスペインの中ではフランスは最大の仮想敵になっているようでもあることだし…
――よし、逃げよう。
ストライキします…の一言メールを部下に送って携帯の電源をぶち切ると、フランスはとりあえずスペインとイギリスがいるヨーロッパを離れようと、飛行機のチケットを取った………日本行きの。
どこまでもタイミングの悪い不憫な男である。
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