人魚島殺人事件 前編_1

発端


「モデルが足りない?」

某高級住宅街にある大邸宅。
カークランド家の一室で、香り高い紅茶の注がれたティーカップを手に電話をしているアーサー・カークランド。
普通の…いや、日本有数の進学校に通う高校生だ。


鍛えても筋肉の付かないほっそりとした身体に白い肌。
黄金色の髪に、同色の驚くほど長いまつげに縁取られた、クルクルと丸く澄んだ大きな新緑色の瞳。
バラ色の頬に小さめの唇まで、まるで熟練の職人によって造られた精巧なビスク・ドールのように可愛らしい容姿に、少しばかり不似合いな太い眉毛が愛嬌を添えている。

そんな可愛らしい容姿に似合わず成績優秀で、3年で引退したもののこの名門校の元生徒会長だ。

そのしっかりして見える公的な性格の裏で、実はプライベートでは非常に不器用な性格で人見知り。
そして妙に危なっかしいところが庇護欲をそそるのか、思いを寄せる人間多数。

そんな人気者の恋人を持つ男としては、なるべく目立つ事をして人目を引いて欲しくないわけで……

「アーティは貸さへんで。」
と、電話の相手も確認せずにそう言って電話を切ろうとする。

「モデルっていうんだから俺の話じゃないだろっ。
多分フランあたりに頼みたいってことじゃないのか?
トーニョ、とにかく受話器返せっ!」
と、それに異議を申し立て、受話器を取り返そうとするアーサー。

そんな2人の攻防を電話の向こうで察して、電話の発信元、ロヴィーノは小さくため息を付いた。

実はアントーニョが正しい。

今回、ロヴィーノの中学時代の親友からとある話が持ち込まれた。
それは元々は、彼の伯父が務める会社の社長の旧友の有名監督、古手川宗英から持ち込まれた話だそうだ。

その古手川宗英にはあまり才能豊かなとは言えない大学生の息子がいるのだが、今回その息子が大学の卒業制作で男だけのファッションショー的な映像作品を撮りたいと言い出したらしい。

そこで顔だけは広いその息子のつてで、同じくそれを卒業制作に使いたいという他の映像系の学生やら服飾系の学生やらが集まって、そこに丁度伯父経由で高校生の甥がいると聞いた社長の命令で親友も引きずり込まれたらしいが、ほとんどが普通の大学生の集まりだ。

肝心のモデル…特に線の細そうな体格の人間がいない。

親友は昨年に実父を亡くして弟とともに伯父に引き取られたという経緯もあって、伯父の意向に逆らいにくいらしい。

しかし当の親友自身は高校になって随分と背も伸びガッシリした体格になってしまって、とてもやれそうにない。
そこでまだ同じ高校生の親友のロヴィーノに声がかかったわけだが、当然1人では足りない。
ロヴィーノには双子の弟もいるのだが、あいにくその時期は補講だ。
これをさぼったら下手をすると留年とまで言われると、さすがにサボれとは言えない。


そうするとそれでなくても友人の少ないロヴィーノが頼れる相手などほとんどいないが、それでなくても親戚の家で肩身の狭い思いをしている親友のことだ。
少しでも便宜を計ってやりたい。

となると、せいぜい去年までやっていた生徒会関係者くらいしか思い当たるツテはなく、そこで唯一探している条件に当てはまりそうなのがアーサーだけなのだが、言い出す前にシャットされてしまった。

ロヴィーノはアントーニョとは幼馴染でその性格もよく知っているため、アントーニョ自身の事ならとにかくとして、彼の庇護対象の事に関しては絶対に譲らないであろうことは、身にしみてわかっている。

そして…アントーニョがノーと言ったら、それでなくてもあまり気が進むようなものではないことでもあるし、アーサーがそれを押し切って引き受けてくれるとも思えない。

ロヴィーノは本当に途方に暮れた。

電話越しにそのため息を聴きとったらしい。
電話の向こうから気遣わしげな声が聞こえた。

「ロヴィーノ?大丈夫か?頼み難い相手なのか?
大抵の奴なら俺が説得してやるぞ?
お前は、そ…その…と、友達…だからなっ」


友達…

ロマーノと同様人間関係には不器用で、しかもロヴィーノと違って自分が大勢に好かれているという自覚のないアーサーにとっては、その言葉は特別な意味を持つ。

他の人間にとっては、しばしば友達=知人よりも少々親しい関係の相手…だったりするが、アーサーにとっては友達というのはその言葉の前に大切な大切な…という言葉がつくのだ。

大事に思われている…というのはもちろん嬉しい事だが、アーサーに秘かに恋愛感情を持っているロヴィーノからすると、その言葉はなかなか複雑な気分にさせる。

それでも…今はその好意にすがるしかない。
もう一人のロヴィーノの数少ない大切な相手が困っているのだ。

「ワリイ…実は……」

非常に不遇な親友の窮地…それを全面に出して、ロヴィーノはアーサーの説得を始めた。


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