人魚島殺人事件 前編_2

人魚島


こうして8月3日…晴天。
何故かアントーニョの提案で撮影場所はカークランド所有の島の別荘になっていた。

「あいつ…反対だったくせになんで……?」

島へと向かう船の上でロヴィーノが呟きながら送る視線の先には、ぎゅうっとアーサーを抱え込んだアントーニョの姿。
飽くまでひとりごとだったのだが、その若干大きな独り言を拾ったギルベルトは苦い笑いを浮かべて答えた。

「あ~多分…多分だけどな、他ん奴の用意した宿なら自分の好き勝手にできねえけど、アーサーんとこのなら一応トーニョの好きにできんじゃん。部屋割りとか。」

「あ~それ言ってたよ~。
アーサーん家の別荘ってもうホテル並みの広さで1人一部屋十分行き渡るらしいんだけど、あいも変わらずあいつはアーサーと同じ部屋に寝泊まりするんだって。」
と、それにフランシスが付け加える。

二人共、アーサーが行くとなれば当たり前に付いてくる恋人のアントーニョに当たり前に悪友としてついてきた。
まあ…いつもいつもつるんでいるので、想像の範囲内ではあるし、全てが有志の学生で行われている以上、手はいくらあっても足りないのでありがたいところではあるが…。

さらに言うならフランシスは有名デザイナー、フランソワ・ボヌフォワの1人息子で、自身もたまに母親のショーのモデル役を務めたりもするので、ショーの事も色々知っていて便利だろうと思っていたら、知っているのはそれだけではなかったらしい。

「まあ…今回に関してはそうして正解だと思うけどね…」
と、そこでフランシスは意味ありげに今回の映像制作の発起人、古手川宗佑に意味ありげな視線を送った。

「何?なんかあんのか?」
途端にギルベルトの視線が鋭くなる。

何しろ高校2年生の夏、アーサーと出会った某殺人事件から、たった1年しかたっていないのに、何故かその間、実にそれを合わせて殺人事件だけでも5回も巻き込まれているのだ。

頭の中を占める9割はアーサーであとの1割はトマトな考えなしのアントーニョ、争いが起こった時点でなんとか安全地帯に避難しようとして結果渦中の人になるフランシスを抱えて1人、仲間と自分の安全をはかるために事件の解決に勤しむうちに、最初はただの少しばかり頭の良いだけの高校生だったギルベルトは、いまではコッソリと警察のエライさんからもスカウトがきているという、知る人ぞ知る有名人になりつつある。

そんな状態なので本来なら【名探偵】ともてはやされそうなところだが、悪友達のおかげで損な役回りばかり回ってきたりして、すごいことをしているわりに今ひとつ冴えない。

事件が佳境になって犯人を追い詰める段になると、アーサーを含んだ3人に他人ごとのように
『絶対に事件を解決してみせろよ。でないと“ハリセンボン”だ!』
と、強引に指切りをさせられるという不憫さに、それをはたで見ている人間には【名探偵】ならぬ【迷探偵】と呼ばれているくらいだ。

今回もまた【迷探偵】のお仕事かと若干諦めの様相を見せつつ、それでも真剣な顔で聞くギルベルトに、フランシスはノンノン、と、指を振った。

「あ~、今回はそうじゃなくて…単にね、古手川宗英の映画の時は結構うちから衣装を提供してるから、その息子の宗佑の事も割合と知ってんのよ、お兄さん。
で、何が言いたいかっていうと……今回なんで“男だけの”ファッションショーとか言い出したと思う。」

「まさか……」
ロヴィーノの眉間に思い切りシワが寄る。

「そそ、そのまさかだよ。彼は周りでは結構有名なゲイなの。」

「うあ~、マジかっ!!!」
まさか…そっちの方面とは…というか、わざわざ“線の細いモデル”を指名してきたのはもしかして…と、ロヴィーノは青くなった。

自分はとにかくとしてアーサーにちょっかいかけられたりしたら…と、思ったのはロヴィーノだけではなかったらしい。
横でギルベルトも頭を抱えた。

「今回…もしかして初の加害者サイドか?
俺、アーサーにちょっかい出されてブチ切れた時のトーニョ止める自信ねえぞ?」

ははは…笑えない…。
と、フランシスはようやくその可能性に気づいたらしく、顔をひきつらせた。

「えと…とりあえず…お兄さん、トーニョとアーサーに注意促してくるわ。
現地ではギルもロヴィもそのあたりの警戒をお願い。」
と、そそくさとアントーニョが半ば強引に作っている2人の世界に、果敢にも割って入って髭をむしられているフランシス。

それを遠目に見て少し苦笑しながらギルベルトはふとロヴィーノを振り返った。
その何かモノ言いたげな視線にロヴィーノは首を傾ける。

「なんだよ?」
「…いや、お前も気をつけろよ?」
「はぁ?」
「自覚ねえのか……」
少しガラ悪く片眉だけあげて口を歪めて言うロヴィーノに、ギルベルトは少し視線を逸らして小さく息を吐き出した。

「お前もさ、綺麗な顔してんだから、気をつけねえと馬鹿息子に襲われんぞ?」
「はぁあぁ???」
「あ~、もう言っても仕方ねえ。とにかくなんかやばげな事になったら、俺様んとこ逃げこんで来いよ?
一応先輩様だからな。なんとかしてやっから。」
というギルベルトの杞憂をロヴィーノは小さく笑う。

可愛いと評判の双子の弟ならとにかくとして、可愛げがない自分など、過去に可愛いなどと言ったのは孫馬鹿の祖父と幼馴染の自称親分のアントーニョくらいだ。

全くありえない心配をしているとは思うが、何しろ素直でもなければ人当たりも良くないせいで友人のいないロヴィーノだ。
そんな心配をしてくれる他人など、これまでアントーニョくらいだったので、その心遣いは不快ではない…どころか、少しくすぐったくも嬉しいかもしれない。

「ま、その時は逃げてくから、頼むぜ?先輩」
と、軽く流すように少しふざけた口調でロヴィーノは言うが、それに対してギルベルトはきつい顔立ちに似合わぬ優しい笑みを浮かべて
「おうっ!遠慮せずに来いよ?」
とくしゃくしゃとロヴィーノの頭をなでまわした。





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