善意で忠告しにきたんです…うん、お兄さん善意で忠告しにきたのに、なんで脅されてるかな?
片手でアーサーをしっかり抱きかかえたまま、笑顔でフランシスの腕をギリギリと絞め上げているアントーニョ。
なにせ…くるみの殻を割れてしまうという握力の持ち主だ。
それに思い切り握りこまれたらかなり痛い。
「いや、だって、この話持ってきたのお兄さんじゃないよね?お兄さんは善意で注意しにきただけだよね?」
と、フランシスからすると当たり前の事を訴えるが、アントーニョはその当たり前が通るような相手ではない。
話を持ってきたのが同じ悪友のギルベルトあたりなら矛先をそちらへ逸らされてくれるかもしれないが、持ってきたのは可愛がっている幼馴染のロヴィーノである。
「やって、ロヴィは馬鹿息子がそんなんやって知らへんかったんやん。
知ってて戻れんとこまで来て言う自分がいっちゃん悪モンやんっ!」
と、アントーニョ的には当たり前の論理展開を繰り広げてくれた。
こうなるともう何を言っても無駄だと思う。
ブチっと髭をむしられて涙目になったところで、しかし二回目にむしろうとするアントーニョの手をソっとアーサーが止めた。
「トーニョ、ダメだ。」
「あーちゃんなんで止めるん?!」
不満気な目を向けるアントーニョに、アーサーはにっこり。
「だって…フランせっかく綺麗な顔してるんだから…むしって傷になったりしたら困るだろう?」
え?アーサー、お兄さんを殺す気満々?!!
独占欲と嫉妬心の塊のアントーニョにそんな事を言った日にはどうなるかがわからないわけではさすがにないだろう…と、フランシスは青くなる。
一気に空気が氷点下にまで下がった気がした。
メラメラと黒い炎をバックにしたアントーニョは視線だけで射殺せそうな目でフランシスをにらむが、その殺気を霧散させたのはアーサーの次の言葉だった。
「そんなのにロヴィがちょっかいかけられたりしたら大変だし…フランの髭そってそいつにくっついてもらっておけばいいんじゃないかな?」
キラキラと澄んだ目で言われてフランは目眩がした。
え?え?お兄さんならいいの??
思わず訴えるフランシスにアーサーは微塵も曇りのない目でニコリと微笑んだ。
「だってフランは男大好きだって…」
「えっと?それって誰が?」
…わかっている気はするが、返ってきた答えはやはり
「トーニョが。」
である。
うん、お前だとは思ってたよ。
アーサーにちょっかいかけさせないためならお前はなんでも言うしなんでもやる奴だとはわかってたよ、お兄さん。
がっくり肩を落とすフランシスに、アントーニョは悪びれなく言う。
「やって自分老若男女なんでもおっけぃな節操なしやん。」
「ち~が~い~ま~すぅぅぅ!!!!
お兄さんの場合、その前に気に入った相手ならってちゃんとつくのっ!
誰でもいいわけじゃないのっ!!」
思わず声高に言うと、人目を引いたのか大学生組が寄ってきた。
「久々だな、フランシス君」
と、妙に鷹揚な感じでフランシスの肩を叩く青年。
言葉にも態度にも偉そうオーラがにじみ出ているところを見ると、これが噂の小手川宗佑らしい。
見た目は中背中肉、それなりに派手な格好をしてはいるが、取り立ててすごく美形というわけでもない。
「前回の監督の撮影見学させて頂いた時以来ですか。」
と、そこはそれまで色々言っていても切り替えて卒のない笑顔を向けるフランシスとは対照的に、アントーニョは
「じゃ、そういうことで、フランは旧交を温めとき。親分とあーちゃんはロヴィんとこ行っとるわ」
と、アーサーを連れて早々に立とうとするが、そこで進路を阻まれて、ムッとした顔で小手川を睨んだ。
「なん?どいてくれへん?」
不機嫌さをにじませるアントーニョに小手川は少し身体をずらして
「どうぞ?お前に用はないから。」
と言ったあと、アントーニョの隣にいるアーサーにニコリと笑いかけた。
「初めまして。カークランドの若社長のアーサー君だよね?
俺は小手川宗佑。映画監督の小手川宗英の一人息子で父のような映画監督を目指しているんだ。
今回は僕の映像制作に協力してくれるだけでなく、別荘まで提供してくれてありがとう。
思いがけず君のようにノーブルでしかも美しい人に会えて光栄だよ。」
本当に満面の笑みで手を差し出す小手川にアントーニョの不機嫌さが増す。
「あ、ああ。よろしく。
でも別荘の提供については決めたのはトーニョだから……」
明らかに不機嫌なアントーニョに困惑しながらアーサーはそう言いつつ手を差し出そうとするが、それをアントーニョが掴んで止めた。
「自分…なんで握手を右手でするか知っとる?」
ニコリと口元だけ笑みを浮かべながらそういうアントーニョに、今度は小手川が不機嫌そうに、
「いや。しかし失礼じゃないのか?」
と、アントーニョを睨む。
火花を散らす2人の間でオロオロするアーサーにフランシスがさすがに間に入ろうと口を開きかけた時、アントーニョが言葉を続けた。
「大抵の人間は右手が利き手やからな。
利き手を相手に預ける事によって敵意が無いことを示すんや。」
ほぉ~と、そのアントーニョの言葉に感心するフランシス。
しかし小手川の方はそんな雑学はどうでも良いとでも言いたげに
「だから?」
と眉を顰める。
「せやからな、自分があーちゃんに害になるかならんかわからんうちは、あーちゃんの護衛としては利き手なんて預けさせられへんてことや。」
うあ~それ言いたかったのか…と、フランシスは頭を抱えた。
ギルちゃん、ギルちゃん、お兄さんじゃ無理っ。
止めてやってっ!
と、フランシスは困り果てて視線を送るが、ギルベルトは何かロヴィーノと楽しげに話していて見ていない。
「ほぉ?お前はボディガードだったのか。」
と、小手川の方はそちらに気が行ったようだが、フランシスがホッとする間もなく、アントーニョは
「公私ともにな。もちろん身も心も全部についてや。」
と、アーサーの肩を抱き寄せると、半ば強引に小手川の横を通り抜けて、ロヴィーノ達の方へと歩を進めた。
「なんなんだ、あいつはっ!」
当然小手川は不機嫌になるが、そこでそれまで小手川の周りを取り巻いていた3人の学生が歩み寄ってきて
「所詮雑用を手伝いに来ただけの一般人ですし。
小手川さんが気になさるような輩じゃありませんよ。」
と、その中で一番気が強そうな1人、斎藤がフンと鼻を鳴らす。
(あ~小手川の“そういう趣味のための”取り巻きかな?線も細いし…。それにしても上着のオレンジ色、派手だねぇ…)
と、それを見てフランシスは思ったが黙っておく。
アントーニョの機嫌の悪さはまあいいとして、どこか別のところから鋭い視線を感じた気がしてフランシスは残りの面々が固まっている方を振り向いた。
しかし振り向いたとたん、刺すような感覚が消える。
――事件にばかり巻き込まれてるせいで、考えすぎ…かなぁ…。
フランシスは首をかしげた。
嫌な予感…アントーニョのような腕力もギルベルトの洞察力も無い代わりに、そんな空気を感じとる能力は人一倍あるという自覚が若干足りないフランシス。
実はその微妙に感じ取った不穏な空気というのが、これから始まる悲劇の予兆であったことを、あとで知ることになるのである。
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