そんな己の暗い邪な欲望を追い払うように、わざと明るく言ってシャ~っとカーテンを開けると、眩しそうにしながらも、子犬のように鼻をクンクンさせるのが可愛らしい。
こんなに細いのに意外に食いしん坊。
甘いモノが大好きなのは知っていたが、それだけではなく食べること自体が実は大好きだと言う事は、今回一緒に過ごす事になって初めて知った。
自分も食べることはもちろん好きだが、それ以上に作ること、食べさせることも好きなスペインにとっては嬉しい誤算だ。
今日もイギリスはスペインが作った朝食を黙々と食べる。
時折なにか好きなモノがあると口の端に笑みが浮かんだり、チラリとスペインの方に視線を向けて目が合うと真っ赤になって慌ててまた食事に視線を戻したりと、よく動く表情を見ているだけで楽しい。
幸せだ。
「…お前…何が楽しいんだ?」
と不思議そうにコクンと首を傾けるイギリス。
可愛え、可愛え、可愛えぇ~~!!!!
こんな可愛えモン見れとるんやから楽しいに決まっ取るやんっ!
と心の中で悶えながら、表面上は冷静にニコニコと実は昔からイギリスを引き取って自分の手元に置きたかったから嬉しいのだと告白する。
そんなスペインの長年の気持ちになど欠片も気づいていなかったのだろう。
まんまるになる大きなグリーンの目。
――ならどうして交際を申し込まれても即OKじゃないんだ?
と、口よりモノ申す目がそう問いかけてくるのに、まさか――OKしたら自分逃げるつもりやろ?と言うわけにも行かないので、
「これが親愛なのか恋情なのか、自分でもよおわからん。
でも大事にしたいのは確かやから、軽々しい行動はとれへんねん。」
と、誤魔化しつつ、――キスくらいは普通に出来るんやけどな。と、どさくさに紛れてその薄いピンクの小さな唇に口付けた。
そして思いがけず柔らかい感触に感動していると、イギリスが固まった。
顔が真っ赤に染まり、大きな目にみるみる涙が溢れてきた。
へ??
スペインが呆然としていると、
「な、何しやがるんだっ!ばかあぁ!!!」
と叫んでティディベアと一緒にブランケットの中に逃走する。
え?ええ???
ここ数日の和やかさを見れば、まさか触れられるのが嫌なくらい嫌われているわけではないだろうし、何故軽い口付けくらいでここまで……
――まさかっ?!いやいや、あの可愛らしい盛りに、あの節操無しの変態と暮らしとってそれはありえへんやんな?
スペインの中で一つの可能性がグルグル回った。
ブランケットごしに聞こえるヒックヒックとしゃくりをあげる声に何故か熱があがる。
どないしよ…可愛え…泣いとる顔、絶対に可愛えやろなぁ…。
きっとおっきなお目々とちっちゃな鼻の頭が真っ赤になって、あの柔らかい唇がフルフル震えとるんやろなぁ…。
ああ…見たい…
あのまんまるの目ぇからポロポロと涙を溢れさせたあの子の唇に口付けて、あの可愛え真っ白な手でドンドンて必死に胸叩いて抵抗されたりしたいわぁ……
と、ちょっと危ない妄想にふける。
それでも伊達に1000年以上生きている古参国家ではない。
さすがにそれを表に出すような暴走の仕方はせず、口ではひたすら謝りながら、これもどさくさに紛れてブランケット越しではあるがしっかりとイギリスを抱きしめた。
「イギリス、イングラテーラ、なんやわからんけど、堪忍したって?
親分が悪かったわ。泣かせるつもりなんてなかってん。堪忍な」
と言うと
「…泣いてねぇ……」
と、明らかに無理あるわ。
自分思い切り泣き声やんという感じの声で返される。
それでもそこで泣いてるやんと言うとこじれるのは必至だ。
「うん…でも堪忍な。」
ととりあえずまた謝ったあと、しかしついでにカマをかけてみた。
「まさか初めてやとか思わなかってん。」
あくまで軽くカマをかけただけのつもりだったのだが、その言葉に実に目をむくくらいの良い反応が…
「初めてじゃねえっ!!」
と叫んでブランケットから飛び出てくるイギリス。
目が真っ赤で、鼻もピンクに染まって、まんまウサギだ。
思わず飛び出てしまったものの、しまった!と言うようにまた硬直するのが可愛すぎて、一瞬スペインも頭が真っ白になった。
大きな瞳はまだ潤んでいるものの涙は止まっている。
あの可愛らしい顔を赤くさせて涙をこぼしている顔を見たい…。
硬直からいち早く立ち直ったスペインはふと脳裏をよぎったそんな欲求に、少し笑みを深めた。
そこで泣いたのが恥ずかしかったのか、プイッと横を向いたため見えた赤くなったイギリスの耳に唇を寄せて
「ほんなら…ええやんな?続きしよか…?」
と、吐息とともに言葉を吹き込んでやる。
すると、イギリスの細い体が面白いほど飛び上がった。
うぅっと言った感じで警戒心いっぱいの目で睨まれるが、まんまるの涙目はまるで怯えた子猫のそれのようで、全く迫力がないどころか可愛くて仕方がなくて、
「やって………付き合うんやったら身体の相性も大事やし?」
と、追い打ちをかけてやると、今度はその目に怯えが走り、限界を超えた子猫は
「ち、近寄るなぁっ!!!そ、そいう事はっ特別な相手としかするもんじゃねえんだぞっ!ばかあぁああああ~~!!!!!」
と叫ぶとこらえきれずに泣きだした。
なんやこれ、なんやこれっ!!!
どこの初心なお姫さんやねんっ!!
ていうか…やっぱり経験ないんか…。
こんなに可愛い容姿であの老若男女OKの節操無しのところで育てられていたのだからもうとっくに美味しく頂かれているものだと信じていたのだが、意外にもそっち方面は随分と箱入りだったらしい。
ばかぁ~って煽っとるんかい。
ああ、もう頂いてええやろか。
もちろん頂かれていたとしてもこれから奪い取る気は満々だが、スペインは基本的に欲しいものは他者と共有するよりは全てを独り占めしたい性格だ。
何も知らないまっさらな状態で全てを自分のモノに出来るならそれに越した事はない。
このまま他に取られる前に強引にでも全てを奪って拉致監禁……と、一瞬真剣に考えたところで、泣きすぎたのだろう…子どものように涙でグシャグシャになった顔で咳き込むイギリスの声にハッと我に返った。
あかん、あかん、あかんやんっ!
親分なにやっとるんやっ…。
と、今度はその幼げな様子に急激に憐憫の情が湧いてくる。
怯えているのは可愛い…が、同時に可哀想にもなって、
「堪忍っ!堪忍な。何もせんから…」
と、安心させるように穏やかな口調で言って、ポンポンと宥めるように背中を叩いてやった。
全てを奪い取って独占したいフツフツと湧き上がる黒い欲望と、優しく守って慈しんでやりたい慈愛…それが脳内でぶつかりあう。
随分と長い間葛藤した末、スペインは戦いを放棄した。
「ちょっとだけ食器片してオンセ(11時頃のランチ前の間食)の準備してくるな。」
と、言ってイギリスの寝室を後にしたのだ。
この時ほど食事の回数の多い自国の習慣がありがたかった事はない。
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