シン…と静まり返った廊下。
左右にはなんだか高価そうな絵画が飾ってある。
ローマと分かれて使用人に案内されてたどりついたのは、一つのドアの前。
プリントはよくよく見ると、普通のテスト問題のようだ。
「なんなん?これ?」
さらに促されるまま、椅子に座りテーブルに向かうアントーニョが聞くと、使用人はおもむろに時計を出して、テーブルに置いた。
「今から2時間でこちらの問題を全てお解き下さい。
その後スコット様がお会いになります」
とだけ言い置いて有無を言わさず使用人は去っていく。
「一体なんなん??」
わけもわからず取り残されて、それでもアントーニョは
「ま、これ解けばええんやな?」
と、問題用紙に向かった。
「お~やってるな」
当たり前にスコットのいるリビングに入って、設置されたカメラに映し出されるアントーニョをにやにやしながら観察するローマ。
「まあ…隠しマイクであなたとの会話を聞いた限りでは、あなたの言う通り、姿勢は認めてやらんでもない。
アーサーを一人きりで残す事は忍びないと言う事もあるし、毎回会うたび罵って嘲って嫌みの100や200を言うくらいで許してやろうと思う。
ま、このあとのテストの結果と、それをクリアしたとして、プライドと良心をどぶに捨てて生涯晒し者として罵られる地べたをはいつくばるような人生を送る覚悟があれば…の話だが」
楽しげなローマとは対照的に、非常に嫌そうな…苦虫をかみつぶしたような顔で言うスコット。
「お~、怖いなぁ」
苦笑して言うローマに、スコットはさらに不機嫌に眉間にしわを寄せた。
「当たり前だ。どこの馬鹿が弟を男にやりたいと思うんだ?」
「…本人が幸せならいいんじゃねえか?」
「……会社はどうなる…」
「本人が死んだ後の会社の行く末のために、生きている間の幸福を捨てちゃ意味ねえだろ?それこそ、おめえ術後は暇になんだから、ガキの一人や二人作ればいいじゃねえか。」
「生きていれば…な」
スコットは吐き捨てるようにつぶやいた。
こうして待つ事2時間、使用人をよこしてアントーニョに鉛筆を置かせ、試験用紙を回収する。
入手した情報では中の中の都立高校で高校2年生の2学期の時点では中の中の成績だった。
海陽高校の2年の3学期の試験の問題など、4分の1解ければ良い方なのではないだろうか…。
回収した解答用紙を部下の海陽卒業生に添削させる。
「合格ラインは60点だったか。」
「ああ、それ以下だと追試だな。
まあ…でも凡人中の凡人にそれを求めてもしかたあるまい。
平均で45点以上で許してやる。」
ローマの問いにスコットがそう答えた時、部下がトレイに載った添削済みの解答用紙を恭しくかかげた。
「ああ、御苦労。さがっていいぞ」
スコットがそう言うと、部下は礼をして下がっていく。
そこで解答用紙に目を通したスコットは、ぴたりと動きを止めた。
そして、一緒においてある試験用紙を手に取り、解答用紙と見比べ、それでも間違いがないとわかると、何かを問うようにソファのひじかけに腰をかけるローマを見上げた。
「なんだ?」
と、視線に気づいて問うローマに、スコットは、いや、と首を横に振った。
「あなたには試験の事をあらかじめ言ってなかったから…ありえんな」
と言うと、スコットは呼び鈴を鳴らして使用人を呼ぶと、
「連れてこい」
とだけ告げてため息をつく。
「ほ~平均62点か…。
海陽としては良い成績とは言いがてえが…青雲の生徒って事考えるとすげな」
スコットがテーブルに放りだしたテストを拾い上げてローマが目をまるくした。
「凡人学校のレベルが上がっているのか本人が何かしたのかわからんが…不本意ながら合格点ではある」
ムスッと言うスコットの表情が少しホッとしたように見えるのに、ローマはこっそり笑みを浮かべた。
やがて
「お連れしました」
と、言う使用人の後ろには弟と同じ年の割には健康的に日焼けをして、適度に筋肉のついた青年。
弟と同じ…いや、若干濃いグリーンの瞳はまっすぐスコットに向けられている。
そして目が合うとニコっと人のよさげな笑みを浮かべた。
「今日はこんな時間にすんません。
初めまして。アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドと言います」
ペコリと頭を下げるその様子は、好青年を絵に描いたようだ。
通常なら悪い印象を持たれるようなタイプではない。
むしろほとんどの人間に好印象をもたれるだろう。
スコットとてアーサーが関わっていなければ同じだ。
しかし…今のスコットにとってはこの男は手塩にかけて育てた可愛い弟をたぶらかしたどこぞの馬の骨でしかない。
その馬の骨に可愛い弟の未来を託すしかない現状に、思わずギリっと歯ぎしりをする。
「不愉快だ」
「は?」
いきなり不機嫌に投げつけられた言葉に、さすがにアントーニョもぽかーんとする。
その様子にスコットの横でローマが噴き出した。
「あ~、気にすんな。
ようはお前さんが今のテストで合格ラインに達しなければ一昨日きやがれで叩きだせたんだが、合格ラインに達しちまったんで、許すしかねえなって事で不機嫌なんだよ」
と、解説をするローマをもスコットはにらみつける。
「ようは…なんやわからんけど、あーちゃんとの事許してくれはるってこと?」
喜色を浮かべるアントーニョの言葉をスコットは
「まだ許さん!」
と一刀両断する。
「貴様の話はローマ翁から聞いている。
貴様の姿勢もさきほどの車の中での会話で聞かせてもらった。
さらに今やらせたテストの点も…不本意ながら合格ラインを越えている。
そこで最後に何でも捨てると言った貴様の覚悟を見せてもらう」
「なん?それ見せたら認めてくれはるん?」
乗り出すアントーニョをスコットは冷ややかな目で見返した。
「最後の条件は裏口入学だ。
学校側は了承していて、学生にもヴァルガス財閥のコネでの転校だと流す。
もちろん学校の信用問題だからそれは外にはもれないシステムになっている。
ただ学校では卒業までの1年間、常にそういう目で見られる。
海陽OBは比較的関係が密だから、学校を卒業しようと貴様は一生そういう視線で見られる。
それができるなら不本意ではあるが側にいる事くらいは認めてやる」
「そんなんでええの?」
アントーニョはまた喜色を浮かべた。
「そんくらいで認めてもらえるんやったらいくらでも!
で、どこの学校に行けばええん?」
一瞬たりとも迷うことなく即答するアントーニョにスコットは目を丸くする。
「一生裏口入学者のレッテル貼られるんだぞ?」
「そんくらい大したことあらへん。
毎日一緒におられたら、あーちゃんに寂しい思いや心細い思いさせへんですむし。
悪口じゃ人は死なへんわ」
アントーニョの回答に、またローマが噴き出した。
「ま、このくらいじゃねえともたねえし、いいだろ?もう」
笑いながらもスコットに視線を向けると、
「約束だ。しかたあるまい」
と、スコットは嫌そうにフイっと顔をそむけた。
「で?俺どこに送りこまれるん?おっちゃん」
スコットから返ってこない返答に焦れてアントーニョが今度はローマに聞くと、ローマはにやりと笑って
「海陽に決まってんだろ」
と、驚くべき事実を告げた。
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