香達が犯人についての議論を交わしている一方で、
「よぉ!久しぶりだなっ」
と、迎えに来た車でアントーニョを出迎えたのは、4年ほど前数回会ったきりの人物。
それでもアントーニョにとっては幼馴染のおじいちゃんで…ついつい昔の遠慮のない口調でそう聞くと、ローマ翁はこちらも普通に孫の幼馴染に対するくだけた様子で
「まあ、いいってことよ」
と、ドン!と隣に座るアントーニョの背中を叩く。
「おめえはホントはうちに欲しかったんだけどなぁ…」
車を出すように運転手に合図して、サッと運転席との窓を閉めると、ローマは開口一番そう言った。
「どういう意味なん?」
言葉の真意をとらえかねて首をかしげるアントーニョに、ローマはパカっと手帳を出して、可愛いだろ?と、孫二人の写真をみせる。
高校進学を機に祖父の元へと引き取られて行った幼馴染達。
二人とも見覚えのある制服を着ている。
「この制服…海陽やん?」
驚いてアントーニョがローマを見ると、ローマはにやりと笑った。
「ま、財閥には色々横のつながりとかあんだよ。
この世界でやってくにゃぁ、ここに放り込んでおいたほうが本人楽になるからな」
「へー、そうなん。で?」
と、とりあえずそれはそれとして、さきほどの言葉の真意を促すと、ローマは再びそれを懐のポケットへとしまった。
「まあ…そう思って海陽放り込んだんだが…こいつがどうもなぁ…
上に立つには向かねえっていうか…
まあ、ハッキリ言っちまえば、細けえ事気にしすぎて行動に移せねえ性格が直んねえんだよ。
だからちょっとした事でへこむこいつをド~ンと壁になって守ってやれるような側近が欲しかったんで、お前さんが適役だと思って目ぇつけてたんだが…」
「俺は無理やで。あーちゃんおるもん」
「だよなぁ」
即答するアントーニョに、ローマはガシガシ頭をかいた。
何も一般人で普通の都立高校に通っている自分じゃなくても、側近候補くらいいくらでもみつけられるだろう…そう思ってそれを率直に伝えると、ローマ翁は苦笑する。
「あ~ロヴィはお前も知っての通り人見知り強えからな。
なかなか馴染めねえ上に、信頼できる、でも能力のありそうな奴ってのはなかなか見つからねえ。
お前はよ、やる気だしゃあ伸びる奴だからな。
もしロヴィの下についてくれんなら、引きとって教育してやってもと思ってたんだが…ダメなんだろ?」
と、それでも諦めきれないように聞いてくるローマに、アントーニョはまたきっぱりと言う。
「無理やな。俺はあーちゃん守らなあかんから。他まで手は回らへんわ」
さらに固辞すると、そこでようやく諦めたようだ。
「ま、しかたねえか。」
と、ため息をつきながら少し肩を落として
「あ~あ、うちにしときゃあいいのに…」
と、それでもそうぼやいた。
「おめえ…大変だぞ、カークランドは」
と苦笑するローマに、アントーニョは、ええねん、と答える。
そう、財閥がどうのとか大変かどうかとかそんな事はどうでもいいのだ。
大切なのはアーサーと一緒にいられるかどうか、その一点にかかっている。
そんな言葉にしないアントーニョの心の内を感じとったのか、ローマはカークランド家の事を話してくれた。
ローマがカークランド家に関わる事になったのはアーサー達の祖父の時代。
当時カークランド家はすでに大財閥で、一方のヴァルガス家は極々小さな町の雑貨屋だったという。
大富豪の跡取りと町の雑貨屋の息子…そんな出会うはずのない二人が出会ったのは本当に偶然だった。
近所の夏祭りに普通に遊びに来ていたローマと、親に内緒でこっそり家を抜け出して見物にきていたアーサーの祖父、オリビエ。
一人でこっそり来たのは良いが、何をしていいかわからず人込みに疲れて座り込んでいた見慣れぬ子供にローマが声をかけたのが付き合いが始まったきっかけだった。
「あそこん家の人間はなぁ…魔性なんだよなぁ…」
ローマは話しながら懐かしむように目を細める。
「小学生だったしな…まだ男女とかの差もあんまねえ頃で…最初は可愛い女の子だと思って声かけたんだよなっ」
もう、目なんかおっきくてクリックリでよっと、ローマは笑う。
「物腰がよ、やっぱお育ちのせいか違うわけよっ。
ふわふわしてて、なんつ~か…すげえ強がった事言ってても頼りなさげで、庇護欲そそるっつ~かなっ。
もう齢8歳で将来の嫁みつけたかと思ったぞ、俺も」
「あ~、わかるわ~。あ~ちゃんもそんな感じやさかい」
思わずうなづくアントーニョ。
「でな、まああとで男だってわかったわけなんだが、そのときゃもうなんつ~か、気持ち的にそんな気分になっちまってるっつ~の?
俺もこいつと一緒にいて力になってやりて~とか思って、まあ高校卒業してすぐ家飛び出て、良い事も悪ぃ事も、ともかく将来的に力つけられそうな事には片っ端から首つっこんでだな、最終的に会社起こして今があったりするわけなんだけどな」
そこまで言ってローマは一度言葉を切り、それから少し視線を下に落とした。
「あいつの力になってやるには、同じ位置に立たねえとダメだって事にこだわりすぎてたんだろうな…。
ある程度体裁整えて故郷に戻ってみれば、あいつは結婚出来る年齢になって早々に親の決めた取引先のご令嬢と結婚させられてて…
俺はそれ知ってしばらくまた仕事理由にして故郷離れて…まあちょっとガキ作って、そいつ引き取ってとかな…」
「おっちゃん…そこで子供作ってんなや…」
ダメな大人の典型やな…と、アントーニョが呆れた目を向けると、ローマは、まあ若気の至りってやつだ…と苦笑いをする。
「最終的にまた故郷もどってみたら、ちょうどあいつも息子一人残してカミさんに先立たれて途方にくれてる感じで…
そんなら一緒に子育てでもすっかって言って、しばらく会社はたまに様子みるくれえで部下にほぼ任せて、そうだな…確か俺のガキが義務教育終えるくらいまでは一緒に住んでたかなぁ…。
その後は部下にいい加減会社なんとかしろって言われて、オリビエの家を出て出社できる範囲に住んで…でも週末は一緒に過ごすみてえな生活してて…それぞれガキが一人立ちしてからもそんな感じだったな。
ちなみにな、カークランドの副社長っつ~のは、あれだ、オリビエの嫁さんの下の兄貴で、結婚した時にもれなくくっついてきたんだ。
だからずっと庶民からのし上がった俺の事はよく思ってねえんだが、まあオリビエが俺の事信頼してたってのを別にしても、作った会社がこれだけでっかくなって大手取引先になった手前、表だって色々は言えなくて、もやもやはしてたみてえだ。
ま、そんな事はどうでもいいんだが、お互いの子供は半分お互いが育てたようなモンだし、その子ともなれば、孫みてえなもんだ。力にはなってやりてえ。
特に下のチビはあいつにそっくりなんだよな…」
ホラっとそこでローマが投げてよこしたのはロケットペンダント。
開いてみるとそこには古びた写真。
「うあ~そっくりやなぁ…」
と思わず目を見はるアントーニョに、ローマは、だろ?と笑う。
「だから…実はあんま顔は合わせたくねえんだよなぁ…」
「なんで?ええやん、そっくりさんやったら」
「色々ほろ苦い気分になるんだよっ。わかれよっ」
「まだ爺さんやないから、そんなんわからんわぁ」
二人でそんなやりとりを交わした後、ローマは再びため息をついた。
「何が成功で何が失敗なんてこたぁまあわかんねえわけだが…な」
と再度ローマが口を開く。
「結果的に長くは一緒にいたんだが、あいつが一番側にいて欲しかったんだろうなぁって思う時期に俺はいてやれなかったんだろな…なんて、あいつの死後思ったりするわけだ。
一緒にいる時間削ってでも道を平らに整えてやるべきか、でこぼこ道を一緒に乗り越えて行くべきか…
俺は前者を取ったわけだが、あいつはもしかしたら後者選んで欲しかったのかもなぁってな」
0 件のコメント :
コメントを投稿