初日 ― 水面下の攻防
「まああがったって♪」
春休み前の終業式の日、そのままカークランド家に直行する事になって着替えをかばんに詰めて持ってきたギルベルトとフラン。
同じくお泊り組のアントーニョが当たり前に手ぶらで当たり前にカークランド家の鍵を出して開けるのにフランが
「お前…何?ここに住んでるとか言わないよな?」
と、呆れた声を上げた。
「あ、おかえり、トーニョ。ギル、フラン、よく来たな」
と、一日早く春休みに入っているアーサーが玄関まで迎えに出てきて当たり前にそう言うのに、フランはがっくりと肩を落とす。
アーサーがアントーニョといて楽しいならとあっさり諦めたギルベルトと違って自分は完全に諦めたつもりはない。
先日もギルベルトの事をネタにアントーニョに揺さぶりをかけてみたのだが…。
その当日は多少動揺して帰ったように見えたのだが、翌日あっさり通常に戻っていたのにはこういう裏があったのか。
遊びにくらいは来ている事は想定していたが、よもや“おかえり”と言われる頻度で泊まっているとはさすがに思わなかった。
「トーニョ、とりあえずノート4台用意してみたんだけど、どこに置く?」
「ん~。とりあえず最初は居間でみんなでせえへん?
俺フラン達客間に案内してくるから、あーちゃんPCとシリアルIDの準備だけしとって」
と、当たり前に家人のようなやりとり。
「ん、わかった。飲み物も用意しておくから早く降りてこいよ」
と、キッチンへ消えていくアーサーを見送って、アントーニョは
「ほな、いったん荷物置きにいこか」
と、二人を客間のある2階へとうながした。
「ほ~、フラン家ほどじゃねえけど、アーサーん家も広えなぁ…」
素直に感心するギルベルトの横で、フランはすかさず
「アーサーの部屋は?」
とチェックを入れる。
日々勉強に勤しむアーサーは朝型のアントーニョと違って夜は遅いだろう。
春休みにこちらに泊まっている間にアントーニョが寝ている時間を狙ってアーサーの部屋を訪ねて距離を縮めるのがまず急務だ。
そんなフランの下心に気付いてか気付かないでか、アントーニョは
「あ、このいっちゃん奥があーちゃんの部屋な。
で、ここにフランとギルちゃんの部屋用意しといたから」
と、アーサーの部屋から一つ開けた隣にギルベルト、その正面にフランをうながした。
まあ…訊ねて行くには問題ない距離だ、と、納得して、フランは最後に
「で?トーニョ、お前の部屋は?」
と、これもチェック必須のアントーニョの部屋もきいておく。
アーサーの部屋とギルの部屋の間の部屋か、もしくはアーサーの正面だろうか…と、あたりをつけたが、その予測は斜め上の方向に裏切られた。
「あ、ここやで~」
と、アントーニョが指示したのはさきほどアーサーの部屋だと言った奥の部屋。
「へ?そこアーサーの部屋って言ってなかったか?」
色々考えすぎて咄嗟に言葉が出ないフランとは対照的に、ぽか~んとなんにも考えずに尋ねるギルベルト。
それに対して
「せやで~。俺らいつも同じ部屋に寝泊まりしとるんや。
あーちゃん、ああ見えて寂しがり屋さんやねん。
同じ家におっても見える範囲におらんと寂しがるさかいな」
と、にやりと笑うアントーニョの視線は、明らかに質問をしたギルベルトではなく、フランに向けられていた。
(この…AKYめっ!)
とりあえず今回のこの攻防は、アントーニョに軍配があがったようだ。
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