オンラインゲーム再び
「ギルちゃんが東大?なんで急に?」
学校帰りに寄ったマックで、フラン相手に最近のギルベルトの付き合いの悪さについて愚痴っていたアントーニョは、フランから意外な事実を聞いて目を丸くした。
話題の主はギルベルト・バイルシュミット。
国立にもはいれる頭脳がありながら、あえて悪友二人に合わせて都立の中では中の上である都立青雲高校に入り、大学もおそらくそんな感じで選択するであろうと思われていたのだが、なんと最近東大を目指して真面目に勉強中らしい。
「驚く事ないでしょ~。ギルちゃん頭いいもん。その気になりゃ入れるだろうし」
と、フランはコーヒーをすする。
「せやかて…なんで今さら?」
とアントーニョ。
そう、本当になんで高校二年ももう終わろうとしている今なのか…そんな疑問を口にするアントーニョに、フランは小さく肩をすくめた。
「まああれじゃない?アーサーのためでしょ。
あの子秀才なだけじゃなくてお坊ちゃんだしさ、たぶん自分の家の事業に関わる事になるだろうし、そうしたら今のままじゃ一緒にいられないじゃん。
でも東大でも出ておけばあの子のとこの会社入ってさ、一緒に仕事して補佐していく事も可能になるかもだし?」
「ギルちゃんだけ一緒にいられるっちゅうわけか…」
してやられた…というか、そんな遠い将来まで具体的に考えてなかったアントーニョが思わずため息をつくと、フランは、ううん、と首を横に振った。
「お兄さんも大丈夫よ♪」
「あ?自分そこまで成績良くないやん?」
確か…フランの成績は東大どころか自分とどっこいだったはず…とアントーニョが言うと、フランはにやりと笑みを浮かべた。
「ん~、成績は…ね。
でもお兄さんの親の会社、アーサーの家と結構取引あったりするのよ?
だから将来継げば、同じ会社ではなくても一緒にはやっていけるってわけ」
「うあ~、親かいな。えげつな~」
と、言ってみるものの、このままでは一緒にいられなくなるのは自分だけか、と、アントーニョは内心ほぞをかむ思いだ。
本当にそんなこと全く考えてなかった。
一緒に仕事ができる環境であれば良いというわけではない。
しかし確かに社会人ともなれば一日の多くの時間が仕事場で費やされる事になる。
価値観だって同じ職場、同じ仕事場にいた方が似てくるだろうし、一緒に生きて行くと言う事を考えれば、絶対に有利だ。
かといって…ギルベルトのように東大に行く学力も、フランのように会社ぐるみで付き合いができる親もない。
今の自分にいったい何があるだろうか…と考えてみても、普通の家事能力の他は日々農作業その他で鍛えていたからか、日常的に鍛錬を積んできたギルをも驚かせる怪力と体力くらいしか思いつかない。
どう考えても一流企業で活躍できる要素とは結びつかない。
親の方はどうやっても無理として、勉強…今からじゃ無理だろうか?
「…というわけやねんけど…無理やろか?」
思いたったら吉日とばかりに、そのまま食材を買ってかけこむかつて知ったるカークランド家。
去年の夏から8カ月ほどのつきあいだが、アーサーには仕事でほぼ帰ってこない年の離れた兄がいるだけで自宅にはたいてい一人きりなので、月の半分以上はここで過ごしていると言っても過言ではない。
悪友3人の中で一番早くアーサーに会って、他が会う前にいち早くかっさらって…今年の3月3日のアーサーの誕生日には、なんとなく~だった関係をはっきりさせたいというのもあって指輪を贈った。
それはお互い4人で持っているお揃いの四葉のペンダントのチェーンに通している。
気にして見てみれば、いつのまにかそこにはさらに自分が贈ったのとは違う指輪。
まさかギルベルトかフランが?と焦って聞くと、単に実兄からの預かりものでなくしたら困るのでつけているのだと言う事でホッとした。
まあ、カークランド家に来た事があるのも自分だけ。
泊まる時も客室じゃなく、アーサーの部屋に泊まっているくらいの仲だ。
遊びに来ると言うより帰ってくると言うのが正しいくらい一緒にいるので、そんな距離感がこの先もずっと続くと思っていたのだが、フランの話でいきなり冷水を浴びせられたような気分にさせられた。
今日も当たり前に料理のできない(本人は出来ないと認めないが)アーサーのために夕飯を作りながら、アントーニョは、その後ろのキッチンのテーブルで問題集を広げているアーサーに話してみる。
するとアーサーは問題集から目をはなして、顔をあげた。
そしてコクンと小首をかしげる。
「今のままじゃ…ダメなのか?」
心底わからないというように言うアーサー。
「今でも学校は別々だし会社別でもあまり変わらないと思うんだけど。
大人になったらこういう生活って出来ないのか?」
アーサーの質問をアントーニョは脳内で反復してみる。
…出来なくはないのだろう…というか確実にできる。
今はお互い保護者に反対されたら出来なくなるのだが、大人になったらそれこそ反対されたらマンションでもなんでも借りて住む事も可能だ。
「せやな」
「だろ?」
ストンとつきものが落ちたように納得するアントーニョに、アーサーは問題集に視線を戻した。
「もしフランが言うように俺がいつか兄さんの会社入ってギルも同様に会社入ったとしてもさ、一緒の部署になる可能性なんて高くはないし、フランの会社と取引があったとしても、取引先ってそんなに親しく気楽に付き合えるものじゃない。
むしろある程度の距離感ができると思うぞ?」
「そう言われればそうやな。」
なんであんなに焦っていたのだろうと、アントーニョはバカバカしくなった。
学校と同じで会社なんて四六時中しゃべってるわけでもなし、長く時間が取れる昼は近くの職場にでも勤めるか何かして、一緒にランチにすればいいのだ。
「それでもどうしてもって言うなら別に俺の方がトーニョに合わせてもいい。
会社自体は兄さんが継いでるし、俺が入社してもしなくても全く問題ないんだ。」
「ほんまっ?!」
お玉を持ったままアントーニョがくるりと振りかえると、目があったアーサーはバッと赤くなって参考書に目を落とした。
「べ…別にお前のためとかじゃなくて…単に兄さんの会社入るとか全然決めてないだけなんだからなっ」
耳まで真赤になって言うアーサーにアントーニョは思わず笑みがこぼれる。
進路を変えてもいいくらいに自分と一緒にいたいと思ってくれている事がとにかく嬉しい。
「一緒にいる時間が増えたらあーちゃん取られてまうかと思ってちょっと焦ってん。
堪忍な」
アントーニョは走り寄って椅子に座るアーサーの頭を抱え込み、つむじにチュッと口づけを落とした。
「…と、取られるって…トーニョくらいだぞ、俺にこんな事すんの」
そのまま紅くなったアーサーの耳をはむっと軽く食むと、アントーニョはさらに唇にちゅっと口づける。
「当たり前やん。他の奴がしようなんてしたら、はり倒したるわ」
すっかり機嫌を直したアントーニョがそう言うと、アーサーは少し涙目の状態で
「やっぱ同じ職場ダメだ。お前すぐこういう事してくるから仕事になんねえ」
と宣言した。
「あ…仕事と言えば…」
そこでふとアーサーは思い出したようにアントーニョを見上げた。
「なん?」
「実はな…兄さんの会社の取引先で亡くなった爺さんの親友の会社で作ったソフトのモニター頼まれてるんだけど…」
「なんのソフト?」
「…オンラインゲーム……」
アーサーはいったん参考書を閉じ、隣に置いてあったノートPCを立ち上げた。
そしてゲームのアイコンをクリックすると表示されたのは…レジェンド・オブ・イルヴィス。
「これって…」
「ああ。半分は会長の爺さんの道楽で、どうやら三葉商事から“あの事件”のオンラインゲームを作ったスタッフ引き抜いて作ったらしいんだ…」
それは忘れもしない去年の夏、アーサーと出会うきっかけにもなったオンラインゲーム。
魔王を倒せば賞金一億の条件のせいで、参加した高校生たちが次々殺害されたいわくつきのものである。
「今回は…別に賞金とかあるわけじゃなくて、単純にゲームの操作性とか内容とかについてユーザーの生の声を聞きたいって事で、普通の参加者に交じってモニターして欲しいらしいんだ。
ライトユーザー向けオンラインゲームと言う謳い文句で、アクセスできるのは一日4時間まで。
0時で時間のカウントがクリアされる。
パッケージの費用と月額1000円のサーバー使用料以外の、アイテム課金とかは一切なし。
時間に関してもお金に関しても中毒性なしと言う事で、子供から大人まで、幅広い世代のユーザーに安心して遊んで欲しいと言う趣旨らしい」
「ふ~ん、ええんやない?
もうすぐ春休みやし、あーちゃんやるなら俺もやるし、ギルとフランにも一応声かけよか」
自分達がゲームを楽しみながら、他のユーザーの生の声を聞く、ただそれだけのはずだった。
前回はなまじ賞金に振り回されて事件に巻き込まれて散々だったので、純粋にゲームを楽しむのも良いかもしれない…と、そう思っただけなのだ。
こうして、その裏に大人達の複雑な事情があるなどとは夢にも思わず、ギルベルトとフランに連絡を取って4人、春休みにカークランド家に集合して勉強会がてら再度オンラインゲームをやる事になったのだった。
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