人魚島殺人事件 後編_10

その頃の馬鹿っぷる


形の良い唇が少しへの字に曲がっている。
泣きそうな表情で無言でトランクをクローゼットからひきずりだすアーサー。
他人の目がなくなると途端に子供のような表情が出るのが可愛らしいと思う。
思うのだが…


「何すねとるん?」
と聞くと
「別にすねてるわけじゃない」
と間髪入れずに返ってくる。

それでもなんでもないというわけでもなさそうで…

「な、親分に教えたって?」
と、後ろから抱きしめると、アーサーは俯いた。

「別に…ただ…」
「ただ?」
「和樹の本当のところを聞いてみたかったかなと、ふと思って…」


わかる…。

今回松坂が最初嫌っていると言いつつ実はそれには理由があって、実際はロヴィーノを嫌っているわけではなかったと聞けば、同じような状況の自分もどうなのだろう?と思うのはわかる。

普通誰だって嫌われたいわけではない。

しかし…そこで早川和樹が実は好意を持っていたと思いたいと言うふうにも取れる――実際悪意よりは好意を持って欲しいというのはそうなのだろうが――言動は、自分だけを見て欲しいアントーニョとしては面白くない。

自分は恋人で、相手は故人で、比べるべくもない距離感があるのに大人げないとは思うものの、やはり面白く無いのだ。

目に見えない絆…と言えば聞こえはいいが、実際は目に見えなければ他に自分のものだとわからないということで、はっきりそれを示し続けると言う事が実際不可能な以上、そんな余裕のある大人げのある態度など取れるはずがない。

プクリと今度は自分の方が膨れるアントーニョをアーサーは不思議そうに見上げた。
どうしたんだ?とその言葉より雄弁に意志を語る瞳が問いかける。

「…名前……」
「え?」
「…名前書いときたいわ……」
「何に?」

唐突な言葉にアーサーの目は更に疑問形だ。

「あーちゃんは親分だけのやって、もう全世界に知らしめたいんやけど…。
そうやないと安心できひん。他の男の名前出てくる度、気になるわ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられながらそう言われて、アーサーは耳まで赤くなる。

「…名前…か?」
「そや。名前や」
「…うん……」

アーサーはモジモジと少し考え込んだあと、小さな小さな声で
「…ちょっとだけ放してくれ。カバン取りたい。」
と、アントーニョの腕から抜け出た。

そしてカバンの中からゴソゴソと何かを取り出す。

「あの…な……いや、やっぱやめたっ」
アーサーは何か手に握っていて、それを差し出そうとしたが、すぐ引っ込めた。

「なん?」
「なんでもない。やっぱいい」
「気になるわ~。教えたって」
「駄目だっ!」
「あーちゃん、後生やからっ!親分気になって他の事手につかんようになるわ」

手の中のものを見ようと抵抗するのを半ば強引にその手を押し開いたアントーニョの目に入ってきたのは、小さな1cm×2cmくらいのペンダントヘッド。
【Arthur Kirkland】の文字が刻まれている。

「…これ…あーちゃんの?」
アーサーはそれを手にとってしげしげ眺めながら言うアントーニョからそれを取り返そうと右往左往しながら、

「ち、違うんだからなっ!!これは今年の誕生日ホントは渡したプレゼントと一緒にやろうとか思ってたわけじゃなくてっっ…俺の名前付けさせておこうとかっそんな事思ったわけじゃないんだからなっ!!」

と、半分涙目で真っ赤になっている。


――うっあ~~なんや、それぇ~!!!!!
アントーニョはそれを聞いてしゃがみこんだ。

――あかん…嬉しすぎてあかんわ。どないしよ…

いつもいつも好きだというのも一緒にいたがるのも自分の方で…まあ別にアーサーがそういう気持ちを表すのが苦手なのは知っていたから、それでも良かったのだが、こんなことをされてしまうと、もう暴走してしまいそうなくらい嬉しい。

「あ~ちゃんっ!!好き好き好きやで~!!!
親分も東京帰ったら同じようなん用意するわっ!付けたってなっ!!!」

抱きついて抱きしめて押し倒してキスの雨を降らせるアントーニョにワタワタ慌てるアーサー。

もちろん…東京に戻ったその日には、アーサーの4人お揃いのクローバーのペンダントの鎖にもう一つ【Antonio Fernandes Carriedo】の名前入りのペンダントヘッドがつけられた事は言うまでもない。


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