――あー…それって遠子のだと思う。
ブレイン本部に戻る前、この時間ならおそらく食堂だろうと見当をつけて訪ねてみれば、アーサーはやはり食堂で何故かギルベルトの手からアイスを食べさせてもらっている。
そしてカウンターの向こうの調理場からまるでそれをオカズに…とばかりに2人を観察しながらご飯を食べている、ほんわかとした雰囲気の大人しそうな調理班のベッラ。
なかなか平和だがカオスな空間である。
そんな中、
――ロヴィ、口開けぇ~
と、にこやかにあーんと自分の口元に匙を運ぶアントーニョの楽しそうな顔が一瞬脳裏をよぎった。
…がすぐ、ありえねえ~!!と、慌てて首を横に振るロヴィーノ。
何故ここでアントーニョを思い出すのか…
ため息まじりに思って、しかし考えるのはやめることにした。
とにかく自分には無理な事は確かだ。
そんな場面になってもあんな風に当たり前に口を開けることなんてできやしない。
まあなんというか、ああいう事を恥ずかしげもなく出来るあたりがアーサーは自分と違ってすごい…とロヴィーノは思う。
そうしてもうそのあたりを気にするのはやめにして、寛いでいるところを悪いなと思いつつアーサーに声をかけると、
「おう、なんだよ?」
と、何故かギルベルトが代わりに応える。
割合と理性的な男ではあるのだが、先日の出動でアーサーが死にかけた事をまだひきずっているのだろうか…若干視線に険がある気がしないでもない。
別に威嚇してきたりとかではないのだが、元が整いすぎるくらい整った顔なので、いつも意識して浮かべているらしい笑みがないと随分ときつく見えるし、旧家の跡取りとして育ったからかジャスティスとしての能力が著しく高いからか、妙な迫力があるので緊張する。
が、返すものを返すだけだ。
そう割り切って、ロヴィーノは廊下で拾った写真を
「これ…さっき廊下に落ちてたんだけど……」
と、アーサーに差し出した。
「これっ!!!」
と、しかしそれにまず反応したのはギルベルトだ。
「俺様も最近変な写真拾ったぞっ!!」
と、血相を変えてロヴィーノの手から写真をひったくるギルベルトの手元を覗き込んだアーサーは、全く驚いた様子もなく当たり前に言ったのである。
――あー…それって遠子のだと思う。
…と。
「遠子?」
と、それに対して聞き返すギルベルトの視線は相変わらず険しいが、アーサーはとんとんと指先でギルベルトの腕を叩いて口を開け、催促をした。
アイスを食わせる手を止めるなと言う事らしい。
自分で食った方が早いんじゃねえか?
と、ロヴィーノは思うわけなのだが、それは言ってはいけないお約束という奴なのだろう。
非常に生温かい気分でそんな2人を眺めつつ、なんとなく次の言葉を待っていると、慌ててまたギルベルトが口元に運ぶ匙からアイスを口にして、ごっくんと飲み込むと、アーサーはふあぁぁと小さく欠伸をしながら言葉を続けた。
「えっとな…写真が趣味の極東ブレイン。
いつも撮らせてくれって言うから、減るもんじゃねえし撮らせてやってる」
と、言うとまた口を開けてアイスを待つ。
そこでまた匙をアーサーの口に運びながら、それでも解せない様子でギルベルトがさらに言った。
「でも…なんかこの写真…ちょっと……マニアックじゃね?」
どう言おうか少し悩んだらしい。
ちょっとという言葉の後に空く間。
確かになんというか…微妙というか…いや、可愛らしいのだが、普通の写真じゃないと言うか……
「俺様、てっきりストーカーか何かがまた現れたのかと思ったぜ」
と続くギルベルトの言葉に、それだ!!とロヴィーノも思った。
しかしアーサーいわく…
「だって相手はレディだぞ?
これも普通にクリスマスか何かのパーティの時の写真だし…」
とのこと。
それに少し悩んでギルベルトは自分のポケットから一枚の写真を取り出した。
「…俺様が拾ったのはこれなんだけど……」
という言葉に写真にチラリと視線を落とすアーサー。
そして実に端的に
「昨年のハローウィンの仮装」
と告げる。
しかし
「じゃあっ!」
と、何故かそこで勢い込むギルベルトにはなぜか
「却下!」
と、何が却下なのかは知らないが即答。
が、
「えーっ、別に普通に写真もOKなくれえなら、いいじゃねえか。
タマ絶対可愛いし、すげえ萌えると思うんだけど…」
「黙れ、変態」
のやりとりで、なんとなく察し。
口ではそんなやりとりをしていても、アーサーは相変わらずギルベルトに向かって口を開けるし、ギルベルトはその口に匙でアイスを運び続ける。
とても信頼して心を許している…そいつの前では思い切り力を抜いている、それがとてもよく分かる感じだ。
アイスを食べ終わると当たり前にギルベルトに向かって手を伸ばすアーサー。
それを見てギルベルトはアーサーの膝裏に手をいれて横抱きにして、アーサーはコテンと力を抜いてギルベルトの肩に頭をもたせかける。
何もかもが気負いなく、そんな風に食堂を出て行く2人を見送っていると、いきなり
――ああいうん、羨ましいん?
と、耳元に振って来た声に、ロヴィーノは耳を押さえて飛びあがった。
「…なっ!!きゅ、きゅうに後ろに立つなっ!!こんちくしょうめっ!!!」
真っ赤な顔で振り返ると、怒鳴られてきょとんと小首をかしげるアントーニョ。
「いや…疲れとるんやったら、親分運んだろか?って思うたんやけど…」
と当たり前に言われて、さらに熱があがった。
「…ロヴィ?大丈夫か?」
と、肩に置かれた手を思わず払って、全力で逃げだしてブレイン本部の本部長室に籠って思う。
まずい…これはまずい……
完全に今の自分は挙動不審者だと思う。
克服しなければっ!
そう思ったロヴィーノが相談できる先と言えば多くはない。
同じような立場で?
同じような性格で?
怖い目でにらむ恋人様の目はかいくぐらなければならないが……
――悪い…ちょっと相談した事があるんだが……ギル抜きで……
そう打ってしまったメールが騒動の始まりになるとは、ロヴィーノもこの時は思ってもみなかったのだった。
0 件のコメント :
コメントを投稿