人魚島殺人事件 後編_4

「あ…ロヴィーノ君」

一生分くらいの勇気を振り絞って声をかけた水野に、ロヴィーノは若干固い表情で視線を向けた。
緊張しながらそれでも返事をする。

「どうしました?水野さん」
応えが返ってくる事に少しホッとしたように水野は俯いたまま

「なんていうか…俺一人になっちゃって。
こんなことがあって自分だけって不安なんだけど、かといって人混み苦手でさ」
と、一気に言ってまた言葉に詰まった。

それから少し気まずそうに笑みを浮かべる。

ああ、そういうことか…とロヴィーノが納得して見回せば、確かに綾瀬や平井などの裁縫組とそれを手伝う松坂、馬鹿様と言い争っているアルフレッドとその仲裁をしている高田、アーサーはアントーニョとギルベルト、フランシスががっちりガードしていて、入っていけそうなあたりがない。

まあそれは自分もなのだが…。

自分も決して人当たりがいいとは言えないし、実は人見知りが強いのだが、人の中に入っていけない水野の気持ちは痛いほどわかるので、追い払う気にもなれず、

「まあ、確かに」
と言いつつ椅子を薦めた。

「ありがとう」
と、受け入れられた事にホッとしたように笑顔を浮かべる水野に、ロヴィーノも嬉しくなった。

一人ぼっち…と言う意味では自分も一緒だ。
結局誰の一番にもなれないでいる。

「いえ、俺も…あんま人付き合い得意じゃねえから」
「そっか。一緒なんだ。勇気だして声かけて良かった」

不器用に笑うと年上とは思えないほど幼げで可愛い。

「これ…良かったら」
と、そんな水野が差し出してくれたのはリンゴジュース。
好意は嬉しい。
断るのは心苦しいのだが…

「すみません。俺りんごアレルギーで。
松坂が食事ん時に言ってたアレルギー、実はあれリンゴなんです」

ロヴィーノはそう言いつつ、自分のミネラルウォータを手に取って、

「でも気持ちは嬉しいです。
なんつ~か…今回俺もなんだか今ひとつ所在無いんで…。
お近づきに乾杯でもしますか」

と、それをかざすと、水野は、そうだね、と笑みを浮かべて自分が持ってきたりんごジュースの瓶を開けるとグラスに注ぎ、それをかかげて、チンとロヴィーノのグラスに軽くぶつけた。

そしてそのまま一口口に含む。


しかしゴクリと飲んだ瞬間…赤い液体が水野の小さな唇からこぼれ落ちた。

ほとんど音もなく絨毯の上に崩れ落ちる小さな体。
あちこちで上がる悲鳴。



「動くなっ!みんなそのままでっ!」
ギルベルトが手袋を手にはめながら駆け寄ってくる。

「ロヴィはフランの方へ。他の人間に近づくなっ!」
倒れる水野の体を調べながらギルベルトが厳しい顔で言った。


「ちょ、どういうことだっ?!」
ギルベルトに詰め寄ろうとするロヴィーノをフランが制し、青い顔のまま唯一ギルベルトの意図を察したアーサーが説明する。

「殺人犯が狙ってるのは多分お前だって事だ。
誰が犯人かわからない以上、お前を保護しておくのが一番手っ取り早い」

「なん…で…」
「それがわかってれば多分犯人もわかってて…こんな事になってないと思う」
説明はアーサーに任せて、フランは椅子を引きずって部屋の端の方へロヴィーノを促した。


「で?ギルどうだ?そっち」
アーサーの声にギルベルトが小さく首を振る。

「毒物なのは確かだな。今飲んだジュースか…。
瓶かグラスどっちに入ってたかは調べないとわかんねえ」
「警察に報告1件追加やな。ギルちゃん、サディクのおっさんのコネ使っとき?
あの人自分の事お気にやから。
警察来たから安全とは限らんし、ある程度の自由欲しない?」

アントーニョの言葉にギルベルトは少し苦い顔をして考え込んだ。

しかし結局
「そうだな。しかたないか」
と、自分の携帯を取り出した。

「夜分遅く申し訳ありません。ギルベルトです」
別に電話なのだから姿が見える訳ではないが姿勢を正すギルベルトに電話の向こうの相手はいつもの大らかな口調で
『お~!どうした?天才少年。元気か?』
と親しく声をかけてくる。

「はい。俺は元気なのですが…実はまた巻き込まれまして…」
どう切り出していいものかわからずため息まじりにいうギルベルトの言葉に
『そいつぁ~すごいなっ!6回目かっ』
と、サディクは心底感心したように言った。

「ね、誰に電話かけてるんだい?」
不思議そうに聞くアルフレッドに、電話中のギルベルトの代わりにフランが答える。

「サディクさんと言う本庁で警視やってるOB。
前に俺らが通っている海陽学園で起こった事件に巻込まれた時に知り合ったんだけどね。
ギルちゃんの事が大のお気に入りで警視庁に引っ張りたくて引っ張りたくて仕方ないという人物だよ」

その言葉に一部青ざめて硬直、一部は
「おお~~~!!!」
と感嘆の声を上げた。

『で?どうした?手でも足りないのか?』
サディクは向こうから切り出してくれる。それにギルベルトは、いえ、と口を開いた。

「そこまでは必要ないんですが、一応捜査の邪魔はしないように気をつけますので、捜査にいらした警察の方々に俺の身元の保証とある程度の行動の自由、あと捜査情報の提供をお願い出来ればと…。
もちろん情報漏洩には細心の注意を払いますし、サディクさんにはご迷惑をおかけしないようにします」

ギルベルトの言葉に電話の向こうでサディクは豪快に笑った。

『何を水臭い事をっ。
東京都内なら俺が言うまでもなく本庁内ではお前有名人だしな。
まあ一応連絡いれておいてやる。任せろ!』
そこでサディクに現場の報告をすると、ギルベルトはいったん電話を切った。



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