人魚島殺人事件 中編_8

「あーちゃん、確かに野菜もええけど、ちゃんと他にも身になるもの食い?」
「だって…」
ひたすらサラダに手をつけるアーサーにため息のアントーニョ。

「別に何から食べてもいいんじゃないか?」
と言う綾瀬に、アントーニョは

「あーちゃん、食べる量が絶望的に少ないんですわ。
野菜から食べるとそれで満足して終わるのが日常なんで」
と、苦笑した。


そんなやり取りをしながらも、アントーニョはその口に自分のフォークでポンポン食べ物を放り込む。
そして…口に放り込まれればアーサーも咀嚼して飲み込んでいる。


その2人の行動を凝視する一同…。
それにフランシスがフォローをいれた。

「トーニョはアーサーと一緒に暮らしてるし、もう家族みたいなもんでお互い距離感0だから」
「なるほどね…。もうゴールイン間近って感じかっ」
「そそ。一応双方の保護者公認で、トーニョはアーサーを補佐するために高校転校したんです」

「マジッ?!」
フランシスの会話に高井が乗ってくる。

「人生決めるのめっちゃ早くね?」

「良いものっていうのは結局早い者勝ちですしね。
自分と状況を客観視して最良の選択をできる自信があるなら、良いと思ったら即確保というのは正しい選択だと思いますよ、俺は」
と、ギルベルトまでそれに乗ってきて盛り上がってきた。


「その理屈で言うと…君も?」
水野の質問にギルベルトは視線だけチラリと水野に向ける。

「恋人という意味で?」
「うん」
「俺は…直感だけで決められるほど賢くないので。直感を感じても吟味してみないと踏み出せないと思います。
で、踏み出せる材料が揃って踏み出した時には出遅れて終わるっていう…」
苦笑するギルベルト。

ああ、アーサーの時の事なんだな、と、水野は納得した。
そして…今一番気になる事を聞いてみる。

「今は?いないの?」
当たり前に聞いてくる水野に、ギルベルトはちょっと困ったように苦笑した。

「プライベートすぎる質問だと思いません?」
その言葉に水野は踏み込みすぎたかと焦る。

ギルベルトは淡々としていて…しかし不思議と許容してくれる感じがしていた。
でも言われてみれば確かにぶしつけだったかもしれない。

「…いませんよ。いきなり黙り込まないで下さい」
色々考えがグルグル回って無言の水野にギルベルトはまた苦笑する。

そして何事もなかったかのように、またギルベルトは料理に視線を戻した。


最近の高校生は大人だな…水野はギルベルトとのやりとりで思った。
包容力…という意味では確かに今ここにいる大学生達を上回っている気がする。

穏やかで丁寧な物腰で…でも少し踏み出すと引いてしまうというか…踏み出させてもらえない。
もう少し向こうから来てくれれば完璧なんだけど…と漠然と思って、それから水野はハッとした。

何を考えているのだろう。
常に選ぶのは自分ではないはずなのに。
そして…選ぶのが自分でない以上、相手から選んでもらえる可能性など0に等しい。

水野はギルベルトに、ロヴィーノに、そして最後に古手川に目を向けた。

(古手川さん…頑張ってくれないかな…)
チラリと思う。

隣では淡路がその古手川の機嫌を取っていた。
普通よりは若干整った顔をしている有名な映画監督の2世…。
自己顕示欲が強い斉藤や淡路にとってはそれだけで充分魅力的に映るのだろう。
そして今ライバルの斉藤がいないため淡路が必死になっているというわけで…。

古手川の方はその気がなさそうだから良いと言えば良いが、古手川の視線をロヴィーノに向けるにはこの人も邪魔だな…と水野は思った。

いつも怖くて嫌いだった斉藤がいなくなればいいのにと思っていたらいなくなって、これで今邪魔だと思っている淡路がいなくなったとしたら面白いな…と、水野はさらに少し思う。
高田がそう思っているらしいように、自分の悪意が思うだけで相手に影響してくれたら…。
子供じみた空想だとは思うが、水野はしばしうっとりとそんな空想に浸った。

その後歓談をしつつも食事は進み、食卓にはデザートとコーヒーが並ぶが、二階に行ったきり松坂が戻ってこない。

そこで、
「松坂さん遅いな。ちょっと俺も様子見てくる」
と、高田が立ち上がった。

「あ、じゃあ俺も行こうか?」
アルフレッドが言うが、高田はそれを制した。
「いや、あんまりぞろぞろ行ってもなんだし。何かあったら連絡いれるからよろしく」
そう言って高田も上に消えて行く。

本当にマメな男だ。

「まあ…あれか?逐一荷物を開いてチェックでもしてるのかもな。
ああ見えて意外に細かい性格だから、松坂は」
一瞬またシン…としたところでロヴィーノが口を開いた。

「あ~そうかもね。出ないとあの細かい作業できないよ」
アルフレッドがヒラヒラ手を振った。

「俺なんか大雑把ですむあたりのミシンしかかけてないけど、松坂細かい所全部受け持ってくれたしね」
「ああ、うん。亡くなった松坂のお父さん歯科医だったしな。几帳面なのは親ゆずりかもな」
「そうなんだ」
「そそ」
ロヴィーノは言って食後のコーヒーをすすった。


「綾瀬…なんだ、そのもうコーヒーの痕跡を残していない飲み物は…」
古手川がやはりコーヒーをすすりながら、ほとんどミルクとしか思えないほどミルクで埋め尽くしたコーヒーを飲んでる綾瀬を見て気味悪そうに顔をしかめる。

「別に…どんな飲み方してもいいじゃないか…」
古手川の言葉に綾瀬がムッとしてそう答え、
「コーヒーと思うから違和感覚えるわけで…これはミルクと思えばまだいけます。
あっちに比べれば…」
と、その綾瀬の隣でコーヒーの中に、ソーサーに乗った角砂糖を二つとも機嫌良く放り込んでいるアルフレッドを指差す。

それに対してアルフレッドが若干ムッとしたように
「それこそ…ひとがどんな飲み方しようと勝手なんじゃないか?」
と言いつつ、さらにブラックのまま飲んでいるギルベルトとロヴィーノのソーサーに乗ってる角砂糖までもらって、カップにポトンポトン放り込んだ。

「おい!!!そこまで放り込んでどうするんだっ?!」
青くなる小手川。

「いや、ロヴィーノは甘いの嫌いだって言うから」
「だからって何も自分んとこ放り込まなくてもっ」
「あ~俺コーヒーは甘めが好きだから」

あの量のコーヒーに角砂糖二つでもとんでもない液体になっていそうなところに…6つかっ!

皆が青くなる中、しかし入れた当人は気にならないらしい…というか…さらにそこに大量のミルク…。

それ…すでに好きとか言わないんじゃないだろうか…。
はっきりコーヒーが好きじゃないと言った方が…とみんなが思う。

「あれに比べれば…コーヒーの痕跡残してると思わないか?」
と、綾瀬に言われて、古手川は
「い…いや、あれはコーヒーとは言わんだろ…」
とヒクヒクと引きつった顔でつぶやく。

小手川はもはや恐ろしい物でも見る様な目で、それを当たり前に飲み干しているアルフレッドを凝視する。

「ジョーンズ…もしかして紅茶派だったか。
周りじゅう珈琲派だったからつい自分以外コーヒー用意させてしまったけど…わるい用意させるから」
と、自分だけ紅茶を飲んでいたアーサーが呼び鈴に手を伸ばすが、それに対してアルフレッドは
「いや、俺はコーヒー派なんだぞっ」
と返した。

アルフレッドの言葉とその目の前のコーヒーと呼んで良いか悩む液体に、ほんとかよ…と一同思ったのは言うまでもない。

「みんなもどうしても食べれない物とか、アレルギーとかあったら言っといてくれ」
アーサーは気を取り直して、一応、と、全員に声をかける。

「ロヴィもアレルギーあるしな」
と、そこに松坂の声。
ちょうど高田と共に帰ってきたらしい。

「あ、おかえり。
うん、まあ俺はほら、アーサーはもうわかってるから省いてくれるけど、みんなは言われないとわからねえから」
ロヴィーノが言い、アーサーは二人の分の食事を温め直させる。

そして
「随分おそかったな」
というロヴィーノの言葉に、松坂は少し疲れた顔で
「うん、一応な、全部チェックしてきちまった。
神経質すぎってわかってんだけどな。
どうもいまさら変われねえ」
と返して食事にむかった。




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