人魚島殺人事件 中編_6

見えない悪意


「高田さん…様子変じゃないです?」
リビングで相変わらず居残って綾瀬の指示通りミシンをかけたりボタンを縫い付けたりしていたフランシスは、同じく縫製に余念のない綾瀬に声をかけた。

「そうか?」
「ええ。なんかピリピリしてましたよね、さっき。」
パチンと縫った糸の端を始末して切り離しながらフランシスはうなづく。
「アーサー君が…気分悪いって言い始めたあたりから?」

「高田もアーサー君の事好きなのかな?確か彼の事、ギルベルト君も好きなんですよね?」
なんとなく始まった雑談に、同じくリビングに残って衣装作りを手伝っていた水野は先ほどから感じていた疑問を口にしてみた。
大人しく…ほとんど口を開かなかった水野の唐突な質問にちょっとフランシスは驚いたようだ。
しかしすぐ微笑んだ後、水野の質問に答えようと少し考え込む。

「好き嫌いで言ったら”好き”なのかもしれないけど…ギルちゃんに関してはもう恋愛的な意味じゃないですよ。
トーニョとアーサーが付き合い始めた時点でもう割り切ってます。
強いて言うなら同い年だけど弟みたいに大事にしてる相手かな。
高田さんに関しては俺は個人的に知らないからわかんないけど…」
そこでフランシスは意見を求めるように、顔を綾瀬にむけた。

「う~ん…。そうかもなぁ。なんだろう高田は元々淡々とした奴で…良くも悪くも感情的にならない奴だと思ってた。」

しかし
「でもさ、」
と今度は松坂が言葉を続けた。

「意外にアーサー君みたいなタイプがすごく好みだったりしてな。
さっきの剣幕すごかったよな?」

それに綾瀬が答えて
「あいつも弟いる長男だしさ、ああいう守ってあげたい弟タイプってのが実は好きなのかも。
あいつ1浪してるから俺らでも1歳下なんだけどさ…やっぱしアーサー君現役高校生で4歳も年下なだけじゃなくて、華奢で可愛い感じだし。
ま、そうだとしても恋人と仲良さそうだし思いっきり不毛な片思いだけどな」
と、最終的にそう結論づける。

「やっぱり…アーサー君と恋人のアントーニョ君?ってすごく仲いいかな?」
そこでまた水野がボタンをつけていた布地から少し顔をあげた。

「仲いいなんてもんじゃないですよ」
その言葉にやっぱりフランシスが答える。

「親公認で一緒に住んでて、おはようからおやすみまで一日中それこそトイレとかの時以外はずっと一緒にいんじゃないかと思いますよ。」
「…じゃあ…本当に固いっていうか…しっかりした絆があるって感じなんだ?」
「そうですねー。俺も隙あればとは思ってるんですけどね。」
と冗談めかして笑うフランシスに、水野はまた布に視線を落とした。
手が震える。

「っつ…」
指に針が刺さってプクっとできた血の玉が布地を汚しそうになって、水野は慌ててそれを口に含んだ。

「ギルベルト君も…?」
「え?」
「彼もやっぱり二人がもめたら…とか思ってたり?」

「いや、ギルちゃんはもうホントに全然。
すぐ不安になるアーサーの相談に乗ったり、大雑把なアントーニョに注意促したり…むしろ何かないようにフォローに入ったりしてますね。
あいつは結構人良いし、面倒見もいいから。
最近はむしろロヴィーノとの方が仲良いくらいかも」


最初の言葉にホッとしつつも、その後、ロヴィーノの名前が出てきたあたりで、水野はまたなんとなく泣きそうな気分になってくる。

ロヴィーノ・ヴァルガス…彼も確か同じ名門校に通う財閥の御曹司だ…。
そして…アーサーとはタイプが違うものの、やはり綺麗な顔をしている…。
水野は涙の代わりにため息をこぼした。


始めから…わかっていたはずだ。
彼の周りには3歳も年上の自分と違って年齢的にも釣り合う相手がたくさんいて…あれだけカッコよくて優しくて強くて…そんな彼が自分を選ぶなんて要因はどこにもない。


――そう…他がいなくならない限り…。


そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、水野は焦ってあたりをみまわして、高田がいない事を確認した。

彼は…怖い。
ただ心の中で思っただけの事を全部知られている気がする。

そしてそこに自分とフランシス、それに綾瀬と松坂しかいない事を確認して初めて今度は水野は安堵のため息をついた。


「…確かにヴァルガス君も美形ではあるな。まあカークランド君には負けるが…」
そこで古手川がリビングに入ってくる。
ドカっとソファに座る古手川を見て、水野の胸に少し緊張が走る。

――カークランドの”財産が”好きな古手川…彼がもし…

「美形なだけじゃなくて…有名企業の社長令息でお金持ちの跡取りならしいですよ、ヴァルガス君も…」

ぽつりとつぶやく水野に、古手川だけじゃなくてフランシスや綾瀬の注目も集まって、水野は少し焦って付け足した。

「だ、だから…お育ちが良くて気品があるんだと思います…」
それでフランシスや綾瀬はごまかせたような気がする。

「そ、そう言われればそうだなっ!」
と、目をギラギラさせて乗り出す古手川に、フランシス達の注目は向けられた様な気がした。


「確かに可愛いなっ。うん!やっぱり一番年下だしなっ」
と、さきほどとうってかわった古手川の態度に、フランシスが少し警戒の色を見せる。

「まあ…年下だけにギルやトーニョはもちろん、アーサーも可愛がってますしね。
おかしな目的のやつがよってきても見向きもされないと思いますけど…」

「わからんだろっ。可愛い系はしばしば年上の男に惹かれるものだしなっ」

「それは…”包容力”って意味でですよね?
でもそういう意味ではアーサーが落ちるほど包容力のあるアントーニョが幼馴染で、あれが基準なので普通の人間じゃ無理ですよ」
と小手川とフランシスのやりとりで、部屋に少し微妙な空気が流れる。


「トーニョがどうしたって?」
そこにロヴィーノを伴ったギルベルトが入ってきた。

「あ、ギルベルト君。アーサー君どう?」
その言葉にそれまで黙って黙々とミシンを使っていた綾瀬が顔を上げる。

「ん~、ただの貧血らしいです。今トーニョが付き添ってます」
「大丈夫?」
「…だと思います。特に連絡ないし。
少しでも大丈夫じゃなければトーニョが大騒ぎでヘリでも呼んでるとおもいますし」

「あはは。なんかそんな感じだよね、アントーニョ君て」
と、冗談めかして言うギルベルトに笑う綾瀬。

なごむ面々の中で不機嫌な顔の古手川と、浮かない顔の水野。

そこでメイドが夕食の準備ができた事を告げにくる。

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