人魚島殺人事件 中編_1

小さな嫉妬・大きな悪意


――大学を卒業したら仕事を手伝ってやりたい…

ギルベルトがそう言った相手は、ギルベルトと一緒に有名進学校へ通っている大企業の御曹司だ。

水野が館へ戻った時には恋人だというこちらも整った容姿の青年と友人だという少し日に焼けたモデル役の高校生、それにデザイナーの綾瀬と4人でデザイン画をはさんで談笑していた。

綺麗な金色の髪に大きな新緑色の瞳…。
少し不安げな表情は庇護欲をそそるし、時折ふんわり笑みを浮かべると、空気がそこから彼の色に染まって清浄化される気がする。
同性の自分から見ても圧倒的に綺麗で気品がある。

今日自分に向けられたような、自分にとってはまるで夢の様に非現実的で…それこそ奇跡の様に思えた優しさを、彼は普段から日常的にあふれるくらい注がれているのだろう。

恵まれた家庭…ありえないほど綺麗な容姿…そして…誰もがうらやむような素敵な恋人に優しい友人。
彼は自分にはない全てを持っている…。
神様は…不公平だ。
水野は胸の中にドロっと嫌な物が満ちるのを感じた。

そんな自分のドス黒い思いが届いた訳でもないのだろうが、それまで綾瀬と笑顔で言葉を交わしていたお姫様の顔から不意に笑顔が消えた。
少し青ざめて…あたりをみまわす。

「どうしたんだ?アーサー」
その変化に気付いたロヴィーノが聞くと、アーサーは青ざめたままの顔で笑みを浮かべて首を横に振った。

「いや、なんだか少し気分が…」
声が細くなる。

「あーちゃん、平気かっ?!」
アントーニョが慌てて立ち上がった。
そしてそのまま駆け寄ると、アーサーの額に手をやる。

「熱は…なさそうやけど、顔色悪いな。疲れたんかな?部屋に戻ろう」
アントーニョは言って、軽々とアーサーを抱き上げた。

「トーニョ…歩ける」
若干慌てるアーサーだが、それにアントーニョはきっぱりと返す。
「あかんっ。あーちゃん結構すぐ体調崩すやろ。ここにはいつもの主治医おれへんのやし。」
綾瀬がスッと立ち上がってドアを開けるのに礼を言うと、アントーニョはアーサーを抱き上げたまま部屋を出て行った。

別にそれが何か意味があるとか、自分に取って得になるとかではないが、少しスッとする。
何もかも…日常的に心地よい空間で過ごせているのだ。
たまにはそれが体調不良にからくるものにしても不快感くらい感じてもいいはずだ。

そんな事を考えていた水野は視線を感じて振り向いた。
そこにはいつのまに戻ったのか高田が立っている。
しかも…いつも浮かべている笑みが消えているだけではなく、どこか恐ろしい空気をまとっている。

水野は息を飲んだ。

憎悪の目…。
何故?
水野がひたすら混乱していると高田はその恐ろしいほどの目を向けたまま水野の方へと近づいて来た。
硬直する水野。
それを冷たい氷のような、もしくは憎悪に燃える炎のような、とにかく激しい嫌悪の目で見下ろして、高田はただ
「これ以上…何か危害を加えるなら殺すぞ…」
と、低い声でつぶやいて、そのまま自分の横を通り越して部屋を出て行った。


水野は激しく恐怖した。
確かに…悪意を向けた事は確かだ。でもそれは心の中でのことで…他の誰かに知られようはずもないし、ましてや直接的に相手に悪い影響を及ぼす事などできようはずもない。

なのに高田のその言い方は、まるで自分の悪意があの少年に危害を加え、手を触れるどころか声さえ発してないのに彼の体調を崩させた様な言い方だ。
得体が知れない憎悪…それがヒシヒシと自分の後ろを追いかけている、水野はそう感じて身震いした。



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