もう少しだけ周りを見て行くと言う高井と古手川と分かれての帰り道、それまでずっと萎縮して黙りこくっていた水野が少し笑顔を見せた。
ギルベルトはアーサー以外の容姿にははっきり言って興味は持っていないし、水野自身もまあ可愛いと言ってもせいぜい10人並み以上と言った感じなのだが、その笑顔は素直に可愛いなと思った。
いつも俯き加減に話す水野が自分より少し背の高いギルベルトを見上げて目を合わせる。
ギルベルト自身は基本的には目を見て話すタイプなのだが、なんとなく視線をそらしたい気になった。
相手に敵意があるわけでもなく、悪意があるわけでもない。
むしろ善意は感じるのだが、それが妙にきまずい。
しかたなしにギルベルトは会話を先に進める事にして聞く。
「すごい…ですか」
ギルベルトはこういう抽象的な表現も苦手だ。
主語と述語がないと本当にわからないと思う。
それでも水野は若干嬉しそうにうなづくと、楽しそうに話し始めた。
「自立してて…他人に流されなくて強くて…。だからかな、他人にも優しくできるのは。」
「優しい…という事はないと思いますけど?」
ギルベルトは元々キツい顔立ちの上、気をつけないと言葉に装飾をつけず端的に物を言う事が多いため、どちらかというと取っ付きにくい人と言う印象を持たれる事が多い。
「他人に流されない…という事もなくて…俺が今海陽にいるのは将来、東大ストレートで入ってそのまま順調に22で卒業してアーサーの仕事手伝ってやりたいからですし。」
さらにギルベルトがもう一点についても、そう否定すると、
「そうなんだ…」
と、水野は小さく吹き出した。
それからふと俯いてつぶやく。
「いいなぁ…カークランド君。そんなに大事にしてもらってて…」
「う~ん…世間の評価は逆だと思いますけど?」
「そんな事ないよ~。俺さ…歩く速度なんて気にしてもらったの初めてだよ?」
「普通…誰かと一緒にどこかへ行こうと思ったらどちらかが合わせないとですし…」
「だから…さ、俺がいつも合わせる方なんだ。」
水野は俯いたまま少し悲しげな表情で笑った。
「自分の意見なんて通った事ないし…強く言われて流されて…すごく悪い事した事もある。
今でもたまに怖くなるよ…。」
そう言って水野は自分で自分を抱きしめるように両手で自分の身体を抱きしめると身震いした。
それからホロリと涙をこぼす水野にギルベルトはぎょっとする。
「どうしよう…俺変われない…のかな?」
「それ…現在進行形ですか?」
ギルベルトが聞くと、水野は涙でうるんだ目でギルベルトを見上げた。
「助けて…くれる?」
この手のシチュエーションはできればフランシスあたりに任せたかったなぁと思いつつ、ここで突き放す訳にも行かず
「事情を聞いてみないとなんとも…。安請け合いは無責任だと思うので。
ただ、力になれるかなれないかは別にして聞いて悪用したりはしない事は約束できます。
話すだけでも少しは気が楽になるかもしれないとは思いますよ?」
と促してみると、水野はまたハラハラと涙をこぼして、それを袖口でぬぐった。
それに苦笑してギルベルトは
「どうぞ」
とハンカチを差し出す。
水野はまたぽか~んとして、次の瞬間少し微笑み
「ありがとう…。」
とそれを受けとった。
「あのね…これなんだ。」
水野は小さなバッグの中から自分の携帯を取り出して一通のメールをギルベルトに見せる。
それは…斉藤からのメールで、アーサーやロヴィーノに対しての悪意と、自分がすでに一度短剣を落とすという攻撃に出ている事、そしてこれからは水野にも攻撃に協力するようにという要請の言葉でしめられている。
あきらかな命令口調。
おそらく…断れば嫌がらせされるとかそういう事なのだろうか…。
「水野さんは…どうしたいんです?」
まず本人の意志を確認してみない事にはどうしようもできない、と、ギルベルトが聞くと、水野はギルベルトが貸したハンカチで涙を拭いながら
「離れたい…」
とだけ言った。
それなら簡単にできるんじゃないだろうか…とギルベルトには思えたが、難しいんだろうか。
「離れては…だめなんですか?」
と、あえて聞くと、水野は両手で顔を覆ってフルフルとかぶりをふった。
「手遅れだよ…。俺…色々取り返しのつかない事とかもしちゃったから。」
そう言ってさらに泣く水野。
「斎藤とは高校から一緒で…仲間はずれになるのが怖くて無視とかしていじめに加担した事とかもあるし…そいつ学校来なくなって最終的にやめちゃったりとか…。それだけじゃない、斎藤が電車で何か注意されたおじさんとかに腹立てて痴漢だって嘘ついて騒ぎ立てた時とかも、脅されて確かにそうですって証人になっちゃったりとか…今回だって古手川君が選んだモデル役の子何人かに嘘ついて辞退させちゃったりとか…いっぱい色々しちゃったから…」
どれも褒められた事ではない。中には軽犯罪に当たるものもある。
毅然とした態度で拒否するべきだ、とはギルベルト個人としては思う。
ただそれを出来ない人間もいると言うのも歴然とした事実で…水野みたいな気の弱いタイプはえてして拒否した事で自分がその犠牲者になるというパターンはあまりに想像に難くない。
しかしだからといってズルズル引きずっていても良い事はない。
今回の事は良い機会だ、と、ギルベルトは提案した。
「過去については、どれも水野さん告発すれば斉藤さん自身も困る事でしょうから、放置で大丈夫では?
それより今回に関しては今現在のメンバーに危害を加える前に拒否する事が重要です。
今の時点で水野さんが今回のメンバーに何か悪さしてないなら、充分断れますよ。
一人が怖ければ綾瀬さんか平井さんあたりに一緒にいてもらいましょう。俺が頼んでおきますね」
「ありがとう…ギルベルト君」
ギルベルトの提案に水野はホッとした様に息をつくと、手をかけていたギルベルトの腕にスリっとすりよってくる。
その水野の態度にギルベルトは内心混乱した。
例えば…今年の春休みにフランシスとフランシスの女友達数人と旅行に行った時も、その女友達にまとわりつかれたりしたのだが、彼女達の場合半分ノリというか、皆でまとわりついてはしゃぐ事を楽しんでいただけというのは何となくわかる。
ギルベルトが興味なさげな態度を見せれば、すぐ別の相手に同じようにまとわりつくのだ。
しかし水野はそういう類いの人間ではない。
同性であるというのを別にしても、本来は内気で他人に対して一歩引いて接するタイプだ。
…と思うのだが…これはなんなんだ?!
ギルベルトの脳裏を混乱した考えがクルクル回る。
ノリで意味もなく密着してくるような人間じゃないとすると、そこになんらかの意味があるはずで…何か企んでる?いや、今の時点でそういう疑いを持てるような材料が見当たらない。
高すぎるスペックと鋭すぎる洞察力ゆえにギルベルトは自分の理解の範疇を限りなく超えた事態に出会った事がなかった。
ゆえに今回の不可解さにどう反応して良いやらわからない。
こうして硬直しながら館に帰還。
そして…
「ギルちゃんて…本当に恋愛事に縁がないと言うか…うん、さすがDTだよね…」
と、フランシスに可哀想なものを見る目で見られた。
「な、なんだよ、恋愛ってっ!!」
焦るギルベルトに、フランシスはやれやれと首を横に振って肩をすくめる。
「お前さ、絶対に水野さんに気に入られたんだって。」
「え?だって相手可愛くても男だぞ?」
「それ言ったらアーサーだって男だよ?」
「いや、それはそうだけど……」
「あのさ、そもそも水野さんて元々その気のある小手川の取り巻きってことは、そういう人種だからね?」
言われてみれば……ギルベルトは納得する。
いや、でも、しかし、自分は決して男が好きなわけではない。
月並みな言い方ではあるが、好きになったアーサーがたまたま男だっただけだ。
「もういいじゃない。叶わぬ恋を諦めたところで、身近な恋に生きてみれば?
水野さん可愛いじゃない。大事に取っておいたDTあげちゃいなさいな」
他人ごとだと思ってニヤニヤと笑いながらフランが言うのをとりあえず殴っておく。
それにしても今まで色々な事件に巻き込まれてきたが、この展開は初めてだ。
迷探偵ギルベルト、実は史上最大のピンチかもしれない…。
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