人魚島殺人事件 前編_10

そして待ち合わせの場所。
ヒュン!と何かが飛んでくる。

まっすぐ水野のとギルベルトの間あたりに飛んでくるそれをギルベルトが反射的に掴むとガラスの短剣だった。

アーサーに向かって落とされた物と同じ、部屋に飾ってあったレプリカ。
撤去する前に持ち出された物らしい。

親指と人差し指で掴んだその短剣をまじまじと見た後、ギルベルトはポケットから最近出かける時はいつも持参しているビニール袋を出してそれを放り込んだ。そしてそれが飛んで来た方向をキっとにらみつける。

「ご、ごめんな。ギルベルト君。ちょっと手が滑った」
慌てて頭をさげる高井。
その横では古手川がポカ~ンと口を開けて惚けている。


「俺は構いませんけど…水野さんに当たったらどうするつもりだったんですか?
怪我をさせて傷跡でも残る事になったら責任持てるんですか?」

あきらかにここでそれを投げる意味はない。
という事は故意に自分達に向かって投げつけられたということで…。

静かに…それでも厳しく糾弾するギルベルトに青くなる高井。
その隣ではようやく我に返ったらしい古手川がケラケラと笑った。

「その時は高井が責任とってやるってさ。」
その言葉にギルベルトはムッとしたように少し目を細める。

「高井さん…右利きだよな。
ということは、投げたのは飛んで来た方向からして左利きの古手川さんのようですけど…?
まあ、水野さんにも選ぶ権利はありますしね。
そういう意味ではあえて高井さんに古手川さんが個人的に自分の尻拭いを”お願いする”のは賢明ですね。一般的に見て高井さんの方がパートナーとしては好ましい人物になりそうだし。」

ギルベルトにしては辛辣な発言に古手川は真っ赤になって言葉に詰まった。
その様子にクスリと思わず笑いをもらした高井を古手川はキッとにらみつける。

「証拠もないのに失礼なガキだなっ。カークランド君の友人じゃなければ名誉毀損で訴えるところだっ!」
古手川の言葉にギルベルトはガラスのナイフの入ったビニールをちらつかせた。
「高井さんは今、草を抜いたりするために軍手してますよね。…ってことは…俺以外の指紋ついてたらそれは投げた当人ということで…親、警察関係者なんで調べてもらいますね」
にこやかに言うギルベルトに古手川は今度は青くなった。

「傷害未遂…ですか。証人もいますね。」
「ちょ、ちょっと待てっ!」
慌てる古手川にギルベルトはスッと目を細める。
「俺は能動的に怪我をさせる人間は外道という認識なので、あまり温情をかける気はないんですが…水野さん次第だな…。世の中には…”ごめんなさい”という言葉があるそうですが?」
古手川は悔しげに唇を噛み締めて、
「おい高井!水野に謝ってやれ!」
と高井を押し出す。
「あ、はい。水野さん、ごめんな」
言われて慌てて謝る高井を見てギルベルトは両手を腰にあててため息をついた。

「どうやら…”日本語”が通じない様ですね、古手川さんには。英語かフランス語で言いましょうか?
それとも”ごめんなさい”という言葉は水野さんより警察に言いたいと、そういう事でしょうか?」

その言い方は相手を苛立たせる効果も…そしてそれでもなお謝罪の言葉を口にせざるを得ない気にさせる効果も絶大だったらしく…古手川はひどく顔をゆがめながらも
「水野、悪かったなっ!」
と、それでも渋々謝罪を口にする。

水野はそれに少し戸惑ったように
「い、いえ…。」
と消え入りそうな声で言うと、ギルベルトの後ろに隠れる様に下がった。

それ以上古手川を追いつめると、逆に水野の方に居心地の悪さを感じさせる。
ギルベルトはそのあたりで事を収めるべく、また短剣をちらつかせた。

「おそらくお二人はこちらにいらしたのでご存知ないとは思いますが…今後この短剣を使った脅しは止めた方が良いと思います。
俺達が出て来る前、これを2階の窓から外にいたアーサー向かって落とした人間がいて、今その件で館内はすごく微妙な空気になってるので。
下手をするとそっちの件に結びつけられて痛くもない腹をさぐられる事になります」

「なんだって?!」
さきほどの事が一段落して、今は悔しさと怒りで赤くなっていた古手川の顔から血の気が引いた。
「俺は…関係ないぞ!ずっとここにいたし、他の奴らとも接触してないっ!」
「あ~、それはそうでしょうねぇ…。」
「お前は俺のせいにするつもりかっ?!」
「いえ、俺はあまりこのガラスの短剣を館内でちらつかせない方が良いと言ってるだけです。
世の中論理的な人間ばかりじゃないから、物理的に不可能な環境にいたとしても、同じ武器を同じ目的に使用している、それだけで同一人物と決めつけられる可能性がないとは言えないし…。」
ギルベルトの言葉に古手川は不安げにギルベルトにすり寄った。

「君は…俺じゃない事がわかっていて、それを他にも説明できるよな?」
いきなり変わる古手川の態度と言葉に、完全に何もかも他人任せの甘ったれた2世だな…と、ギルベルトは冷ややかに思う。
それでも…必要以上に相手を追いつめるメリットは今の所ない。
ギルベルトはいつもの淡々とした調子で
「そうですね…。」
と肯定すると、
「で?結局構図がどうのとか言うのは口実ですか?」
と、とりあえずここに今こうしているための理由を求めた。

「あ~、ごめんな。モデルがいるのは本当。
ここの葉っぱさ、監督が撮りたい図を撮るのに邪魔らしくて…。
刈りすぎても雰囲気でないし、別に君じゃなくても良かったんだけど、だいたいの位置を決めるのにモデル二人欲しかったんだ。ちょっとそこ並んでくれる?」
そこで高井がテキパキと指示をし始める。

どちらが監督かわからないな、と、思いつつもギルベルトは水野と共に指示された通りの位置に立った。

「ちょっとだけそのままで宜しく!」
と、高井がまたテキパキと枝葉を落として行くのをボ~っと待つ。
カメラマンだと聞いていたが、高井は何でも器用にこなす質らしい。
ぼ~っと見ているだけの古手川を尻目にどんどんギルベルト達に立ち位置を指示しながら、自らもテキパキと動いて葉を刈り込んで行く。

「ギルベルト君…」
やがて古手川から少し離れた場所に立って高井の作業を待っていると、高井がコソっと古手川を盗み見て、向こうが注目していないのを確認すると、小声でギルベルトに声をかけたきた。
高井の様子から察するに古手川には聞かれたくない話らしい。

ギルベルトは
「気付かれたくないなら返って普通にしてた方が良いと思いますよ。
これだけの距離があったら大声で話さない限り聞こえませんし、小声で話して耳をすませるような状態の方が注目をさせます。」
と淡々と答える。

その答えに高井はちょっと驚いて手を止めた。

それにギルベルトが少し笑みを浮かべて
「手…止まってますよ」
と言うと、慌ててまた動かす。

そして今度は普通のトーンの声で苦笑まじりに言った。

「そんな感じなら余計なお世話かもしれないけど…古手川には気をつけた方がいいってお友達に忠告してあげたほうがいいよ。ギルベルト君。」
意外なその言葉に今度はギルベルトが驚いてまばたきもせず高井を見つめる。

「えと…アーサーの事が好きだからってことで?」
「正確には…カークランド君の財産がね。」
ギルベルトの言葉に高井は一瞬冷ややかとも思える憎悪を見せた。
しかしそれもすぐいつもの人の良い笑顔に埋もれる。

「なるほど…」
と、答えるギルベルト。
それにしても…と、ギルベルトはちらりとまた高井に視線を戻す。

「高井さんは…そういう古手川さんを実は嫌っている…と。そういうことですか。」
「え…あの…」
「まあ俺には関係ない事ですが…」
焦る高井にギルベルトはそう付け加えた。
なるほど…なんだか色々キナ臭いな…とギルベルトは思った。


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