人魚島殺人事件 前編_7

最初の殺意


「ホント…採寸時に下着になれとか言われたらどうするつもりだったんだよっ」

採寸終了後、とりあえず解散と相成ってとりあえず二人きりでテラスでお茶でもと、アントーニョと歩き始めたアーサーは、人目が無いことを確認するとポコポコ怒り始めた。
理由がわかっているアントーニョはただ満足気にニヤニヤしている。

そのまま二人は庭へと足を運び、丁度建物の日陰にある椅子に腰をかけた。

そして華奢なテーブルの上にある呼び鈴を鳴らすと駆けつけてくるメイドに

「何か飲み物を…俺はアイスティー…で?」
と、アーサーはアントーニョに視線を向ける。

「俺はトマトジュース頼むわ」
とアントーニョが言うとメイドが礼をして下がって行った。

それを見送って
「さっきの話やけどな」
と、アントーニョは始めた。

「ああしておいたら、あーちゃん自分でも露出に気をつけるやろ?
採寸かて肌見せんでもできるやん。」
「だからってっ!!」
「あのライン超えた露出は却下っちゅうことや。」

問題になっているのは…前夜の行為の際にアントーニョがつけまくった痕で…いわく、露出の高いモノを着ればそれが見えるから、嫌なら露出の多いものは着るな…という、実にわかりやすいアントーニョの嫉妬心の現れだ。

「…着替えてる最中とかどうすんだよ…」
もうその嫉妬心をなくしてはアントーニョは語れないというのはわかっているので、アーサーは最後の抵抗とばかりそう言うが、
「そんなん…着替え中に他の奴に肌見せるとかありえんわ。」
で却下される。

アントーニョにしてみたらたとえ着替え中と言えども恋人の肌を他の人間に見せるなどもってのほからしい。

「あーちゃん、自分がどんだけ可愛いかわかっとらんわっ!
童顔で色白くてまつ毛めっちゃ長うて目なんかおっきくてクリックリ丸くて、手足なんか親分乱暴に握ったら折れてしまいそうやん!
こんなにかわええのに、危機感ぜんっぜんないあたりが、めっちゃやばいわっ!
せめて人目につかんようにせんと、ホンマ襲われるでっ!!」

と、嫌な力説をする恋人にアーサーは
「そんな目で俺の事見てんの、お前だけだよっ!!」
と、反論する。

「そんな事思うてるから親分が注意しとかなあかんようになるねんっ!!
自分何見とったん?!
あの小手川のやらしい視線っ!ホンマ気付かんてありえへんわっ!!」

「いや、お前が意識過剰なんだよっ!!」
と、叫んだあたりで遠くにドリンクを運んできたメイドが見えて、とりあえずトーンダウンする。

そしてメイドがドリンクをそれぞれの前に置いて下がっていくと、一口飲んで喉を湿らせて、アーサーはまた続けた。

「そもそも、俺よりお前の方が人に好かれるだろっ!
…さっきだってフランが……」
と、そこまで言って、アーサーの目にジワリと涙が浮かんだ。

そう…フランシスはアーサーと知り合いかと聞かれて、自分はアントーニョの友人で、その関係でアーサーとも付き合いがあるのだと言っていた。
以前アントーニョがロヴィーノを好きなのかと疑った時、もしアントーニョが自分から離れていったとしてもフランシスとギルベルトは友達を続けてくれるだろうと勝手に思っていたが、間違いだったらしい。
自分は所詮、アントーニョとつきあいがあるから付き合ってもらえている人間に過ぎないのだ…。
そう思うとショックと心細さで本格的に泣けてきた。

「あーちゃんっ?!堪忍っ!泣かんといてっ!」
ポロポロと泣き出すアーサーに、アントーニョが慌てて立ち上がって隣に来ると、その頭を胸元に抱きしめる。

「フランのアホがなんか言うたん?!親分が殴って来たるから教えたって?」

チュッチュッとつむじにキスを落としながらそう言うアントーニョに、さっきお前も聞いてただろ?とその話をすると、アントーニョは、あーとうなづいた。

「フランごときどうでもええと思うんやけど…あーちゃんが気になるならあとで殴っとくな。」
「…別に……そんなことする必要…ないだろ。」

クスンクスン鼻をならして泣くアーサーの様子は非常に可愛らしいと思うが、それがフランシスが原因だと思うと少し面白くない。

アントーニョは少し落ち着こうとアーサーの隣の椅子に座ってグラスを手に取りストローでカラカラと氷をかきまぜる。
そしてマドラー代わりに使ったストローをコースタの上に放り出して、直接グラスに口をつけた。
風は涼しいものの日差しは強く、日陰とは言えど多少暑い。
ゆえにチビチビ飲むのがまどろっこしいらしい。
ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すとグラスを置く。

「必要ならあるわ。フランの分際で生意気にあーちゃん泣かすなんてありえへん。
な、フランなんてどうでもええやん?親分だけじゃあかん?」

そのアントーニョが問題なのだ…とアーサーは思う。

いくら焼いても赤くなるだけで終わる青白い自分とは違い健康的に日焼けした肌。
マッチョではなくどちらかと言えば細身に見えるが適度に筋肉のついたしなやかな男らしさの漂う体躯。
いつも太陽のようなと称される明るい笑みを浮べている顔は、しかし笑みを消して真剣な顔をすれば精悍で、愛を語る時には男っぽい色気にあふれている。
性格だって人当たりが良くてみんなに好かれていて友達も多い。

そんなアントーニョが自分のように貧弱と言われる子供っぽい容姿の人見知りが強く人付き合いが絶望的にダメな暗い人間と付きあおうなんて思ってくれたのが、そもそも間違いみたいなものなのだ。
いつ捨てられても不思議ではない。

もちろんアントーニョの代わりになるわけではないが、そんなどん底の時に慰めになってくれる友人がいるかいないかでは雲泥の差だ。

アントーニョは自分に寂しさのあまり死んでしまえというのか。

アーサーが泣きながらそう訴えると、アントーニョは一瞬ぽかんと呆け、次の瞬間破顔してアーサーをぎゅうぎゅう抱きしめた。

「なんてかわええ心配しとるん、この子はっ!!
親分があーちゃん嫌になるなんてありえへんやんっ!
あーちゃんが嫌や言うたって絶対に離さへんて言うたやん!
てか、親分があーちゃんの側におれんのにフランがおったら、親分フランなぶり殺しにしてまうわっ」

別に何もしていないのに不穏な発言をされるフランシス。
秘かに居間でクシャミをしつつ首をかしげているのを二人は知らない。

こうしてアントーニョに抱きしめられたままひとしきり泣くと、今度は気恥ずかしくなったのか、アーサーは
「そろそろ…いかないと向こうがもめてるかもだしな。休憩終了。行くぞ。」
と立ち上がる。

「当事者でもないのにそこまで気を使う事もないとは思うけどな」
アントーニョは肩をすくめつつも、その意向に従った。

アーサーに続いて立ち上がり、建物の方へと足を向けるアーサーを追いかけたアントーニョはふと何かに気付いた。
そして若干青ざめて駆け出すと、アーサーの腕を取ってグイっと自分の方へと引き寄せる。
え?という表情のアーサーのすぐ後ろを何かが通り過ぎ、地面に叩きつけられるとガチャンと音をたててくだけ散った。

「…笑えない冗談やな…」
口の端を歪めてアントーニョは言うと、そのどうやらガラスでできている物体が落ちて来た窓を見上げ、すでに人影が消えているのを確認すると、また落ちてきたものに目をやる。
「これ…なんだと思う?」
アントーニョの言葉にアーサーは当たり前に
「たぶんだけど…各部屋に飾ってあるガラスの短剣か?大丈夫、この屋敷買った時についていたオリジナルはリビングに飾ってあるやつで、各部屋のはレプリカだから。」
と答えた。

「自分なぁ…」
アントーニョの握った拳がフルフルと震える。

「こんな時に何馬鹿な事言ってるんや~~!!!!」
いきなり怒鳴られてきょとんと片手を髪にやって目を白黒させるアーサー。

「あ~、そうだったな。俺だから良かったけど…今度は他のゲストにやられたら大変だ。
即刻各部屋から撤去する事にする。」
「そうやなくてぇっ!!!」
さらに怒鳴るアントーニョに一瞬考え込んだ後、アーサーはポンと手を打って、そうだったと何故か嬉しそうに笑った。

「確かに目の前の物は避けれても、上から振って来たりとかって咄嗟に動けないものだな。
さすがトーニョ。良い反射神経だ。助かった。」

その言葉にもう怒鳴る気力もなくなって脱力したようにアントーニョはその場にへたりこんだ。

「頭ええのか悪いのか本当にわからへんけど、あーちゃんに関して改めて一つわかった事があるわ。」
へたりこんだまま言うアントーニョにアーサーが不思議そうな視線をむける。

「自分に対しての危機感がなさすぎや…。」

「だって…短剣っていっても所詮飾りだから物切ったり刺したりできるほど先尖ってたり刃の部分が鋭利だったりはしないぞ?」

「でも怪我くらいするだろうがっ。死なないまでも傷痕でも残ったらどうするんやっ!」
アントーニョの言葉にアーサーは一瞬目を丸くして、次の瞬間また笑った。

「なんか…まだちゃんとトーニョに心配されてるうちは大丈夫だな。」
「んな事言ってるばあいやないやろがっ…内容を気にせえっ」

呆れるアントーニョに、アーサーはまたクスクス笑う。

「らじゃっ。気をつける。んじゃいくか」
アーサーは言ってしゃがみ込んだままのアントーニョに手を差し出した。

そしてメイドを呼んでそれを片付けさせると、同時に各部屋から短剣を撤去するよう命じる。
それが全て終わると、アーサーはアントーニョを伴ってリビングへと向かった。


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