今回の撮影はこの島の名前にちなんで人魚姫をイメージした服をメインに扱うらしいが…
(人魚姫ってガラじゃないよねぇ)
と、フランシスは綺麗な金髪をかきあげながらため息をついた。
自分はもちろんのこと…馬鹿様が連れて来たモデルはどうみても清らかな人魚姫と言う雰囲気じゃない。まあ…相手を水に引き込むセイレーンという意味ならわかるが…。
そんな事を考えていると、耳障りな笑い声と共にきつい香水が何種類か入り交じった香りが近づいてくる。
古手川と取り巻き3人だ。
派手な色合いのオレンジの上着を脱いだ斎藤が下に着ているシャツはよくよく見れば小手川の物と色違いで、3人の中では立場が若干上らしい感じがする。
「やあ、フランシス君、早いな。」
と、片手を上げる小手川。
さきほどの不機嫌な顔から一転、笑顔で話しかけてくるのが怖い。
嫌な予感しかしない。
そして…こういう時のフランシスの勘は当たるのだ。
「時にフランシス君…君はカークランド君とは親しいのかな?」
探るような小手川の言葉に、フランシスは、ほら来た…と、内心逃げたくなった。
高田のように一方的に雇われているとかではなく、世界的に有名なデザイナーと同じく有名な監督という対等な関係ではあるものの、小手川の側とあえて関係を悪くしたいわけではない…というのが本音なのだが、アーサーは困る。
友人関係が壊れるどころか、下手すると命を失いかねない。
「ええと…高校のクラスメイトです。俺はどちらかというと、彼と一緒にいるアントーニョと幼稚園時代からの付き合いで…アントーニョがアーサーと付き合い始めて一緒に暮らしてるのでその関係で……」
と、言っておく。
これでアーサーの事を諦めてくれれば御の字だが……と思ったのだが、敵もさるもの
「そうか…カークランド君は別に同性同士について抵抗はないんだね。」
とニコニコうなづいてくれる。
え?そこ?そこに食いつく?と内心泣きそうになったところに、後ろから思い切り後頭部をどつかれて、フランシスは思い切り前に倒れた。
「ちょ、なにすっ……」
頭を押さえて振り返って口にしかけた文句の言葉が、あまりに恐ろしい空気に口の中に引っ込んでいった。
そこに立つのは当然笑顔のアントーニョ。
そう…その笑顔は当然目だけが笑っていないというお約束付きだ。
――あとで覚えとき?
と、フランシスにはそれだけ言ったあと、アントーニョはアーサーの肩を抱きながら
「あのな、ロヴィがどうしても言うからあーちゃん連れてくる許可出したんやけど、俺以外の奴とツーショットとかさせる気ないねん。
モデル足りないって事やったけど、そっちはそっちで3人ほど連れて来てるみたいやから十分やんな?
俺ら裏方に回らせて貰うから」
と、小手川に言う。
「い、いや、こいつらは単にどうしても人手が足りない時のためにそれこそ雑用に連れてきただけで…こいつらがいるせいでカークランド君に出てもらえないという事なら帰らせる。」
と、それに対して小手川は焦ったように言って、シッシッと3人を払いのけた。
それに取り巻き3人組みの中で斉藤がクルリと反転して部屋を駆け出して行く。
え……
あまりの態度にさすがにアントーニョもフランシスもアーサーもとっさに言葉が出ずに固まるが、そこで固まった空気を破ったのは、どうやら荷物を置いて降りてきたアルフレッドだった。
「自分で連れてきてそれじゃ、ホントに馬鹿様なんだぞ、君。」
と、誰もが思ったが誰もがさすがに口に出しそびれたその言葉をズケズケと口にする彼に、そこにいるみんなが心の中で拍手喝采を送る。
「まあモデルに関してはどっちにしてもMサイズの服を着る人間がいないんだし、そっちのアーサーが他と出るのが嫌だって言うなら、アントーニョがやればいいだけじゃないかい?
自分が出るのも嫌とか言うなら、君は何しにきたんだい?って聞くしか無いけどね。」
と、アルフレッドは今度はアントーニョに視線を送る。
「いや…元々この話頼んできたロヴィは俺の幼馴染やさかい、別に俺が出んのはかまへんけど?」
と、視線を送られたアントーニョが言うと、アルフレッドは
「じゃ、それで解決だね。
どうせモデルは1人じゃ足りないんだし、そっちの3人も一緒に出ればいいじゃないか。
もしモデル足りてたとしても何かしらやることはあるだろう?
そもそもここってアーサーの家の個人所有の島なんだろ?
だったら戻ろうにも戻れないじゃないか。」
と、もっともな意見を述べる。
「まあ…それはそうだよね。
迎えの船が来るまでは泳いで帰るわけにもいかないし。
じゃ、そういうことで…」
と、フランシスはホッとして言うが、そこで小手川が不機嫌に叫んだ。
「勝手に決めるなっ!監督は俺だっ!
Mサイズは俺とフランシス君、Sサイズはカークランド君とヴァルガス君でいくっ!
組み合わせは俺とカークランド君、フランシス君とヴァルガス君だっ!」
「それ無茶苦茶なんだぞ。君…監督だろ?」
「監督自身が作品に出るなんてことはざらにあるっ!」
「慣れてる人ならね。でも君はまだ無名で慣れてなくてあまつさえ馬鹿様と呼ばれてて、脱馬鹿様はからないとダメな身分じゃないか…」
なんの他意もなく淡々と思ったままを口にしているらしいアルフレッドに、小手川は赤くなってプルプルと震え出す。
うあ~と、内心冷や汗をかきつつ事態を見守るアントーニョ、アーサー、フランシスの3人の前で小手川がキレた。
「ふざけるなっ!!貴様は今すぐ帰れえぇぇ!!!!!」
と、小手川が指さしたドアから丁度皆が集まっているリビングに入ってきたギルベルトとロヴィーノ。
そして…どうやら少し前から会話を聞いていたらしく、今度はギルベルトが淡々と指摘する。
「そいついなくなったら音響いねえけど?」
………小手川はグゥっと言葉に詰まった。
そこでようやく我に返ったアーサーが
「”監督様”が要らないっていうなら、もう義理立てする事ないでしょう?水野さんも淡路さんも。
俺のゲストって事でゆっくり過ごしていってください」
と、残った二人に声をかけると、まだ涙目で、それでも少しホッとする二人だが、空気は相変わらず微妙だ。
そこにさらにデザイナー綾瀬&スタイリスト平井の北洋大二人組がやってきて、さらに空気が変わってくる。
「Sサイズはアーサー君とロヴィーノ君で良いとして…Mサイズはアントーニョ君とギルベルト君ね。」
「それぞれ肌の色がさ、白黒だから対比させたいし丁度いいから。
インパクトある絵撮りたいしね。
基本的に黒白で取りたいからアントーニョ君&アーサー君、フランシス君とロヴィーノ君で行くよ。
監督はしっかり監督業やってもらわないと、マジ俺らこれで卒業決まるから頼むぜ。」
と、二人はもう異論は認めないというような勢いで、
「「じゃ、採寸に入るから。」」
と、両手にそれぞれ二人ずつ腕を取ってズルズルと引きずっていく。
もう馬鹿様こと小手川も口をはさむ隙さえ与えられず、
「じゃ、監督。俺らは撮影現場の物色に行って来ますか?」
と、高田にうながされ、渋々うなづいた。
「で、ギルベルト君と水野君、悪いけどさ、撮影場所決まったらモデル達の立ち位置とか見たいからあとで位置取りに協力してもらっていいかな?淡路君は斉藤くん探して今現在の状況伝えてもらっていい?
で、斎藤君が見つかったら、あとは皆が戻るまではカークランド君のお言葉に甘えてゆっくり休んでもらって、その後は監督の休憩時の飲み物やタオル用意したりとか俺が手の回らない分を手伝ってもらえると嬉しいな。水野くんとギルベルト君はいつでも出られるように待機しててね。」
ニコリと人の良い笑みを浮かべて言う高田に、淡路は
「わかった。探してくるよ。」
と、部屋を出て、水野とギルベルトは同行を了承する。
本当に人当たりが良く、気のつく人間だ…と、ギルベルトは感心した。
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