キューピッドはモブおじさん3

――アーサーちゃん…良かったねぇ……

電柱の影…
そんな2人を見て涙する中年男…
彼はいわゆるモブおじさんである。


父も祖父もその父も、代々モブおじさんとして歴史の影に埋もれて来た、由緒正しいモブおじさん家系に生まれた彼もまた、モブとして生きて来た。

幼稚園の演奏会ではタンポポ組のアイドルありさちゃんと一緒に木琴をたたく幸運な主人公的な少年…の後ろの大勢に混じってハーモニカを吹き、小学校の学芸会のオズの魔法使いでは大役、強力な魔力を持つ魔女…がドロシーの家に潰された時に家の下から見える魔女の足の役を立派にやり遂げ、中高ではバレンタインデーにクラスの男子全員に配られている義理チョコを貰い、馬鹿でもなく賢くもない大学を平均的な成績で卒業して、中規模の会社に勤めて、通勤途中にまだ制服に着られている感のある高校1年生のアーサーちゃんに出会った。

いや、正確には出会ったのはおじさんの方だけで、アーサーちゃんの方はおじさんの存在にさえ気づいてはいないだろう。

それからはフレックスなのを良い事に、アーサーちゃんの学校をチェック、帰りにこっそり付いて行って家をチェック。
由緒正しいモブおじさんの家系に生まれた彼は、モブであるがゆえに目立たずにそこに当たり前のように存在する事ができたので、ストーカーとしては非常に優秀だった。

アーサーちゃんの居るところにモブおじさんの影あり。
いつもいつも見守っているため、アーサーちゃんの事は誰よりも知っている自負も出来た。

親友は内気なオタクの菊君。
秘かに想いを寄せるのは2歳年上のギルベルト・バイルシュミット。


大学に入ってからは大人の学生も少なくはない学校なので、さらにストーカーがしやすくなった。
そしてモブおじさんは知る。
アーサーちゃんが困っている事を…。

冗談でストーカー被害にあっていると言ったら憧れのギルベルト先輩に本気にされてしまった。
ばれたら嫌われるかも…というような相談を菊君相手にしているのを知って、彼は一大決心をした。

アーサー君のためにストーカーとして表に出ようと!!


実はモブおじさんには白黒2種類のモブおじさんがいる。
彼は白。
ただそこに存在するその他大勢で居続ける、文字通りのモブだ。
彼の家系は代々この白モブおじさんを営んでいる。

この白モブおじさんの対極にあるのが黒モブおじさん。
腐った…更に言うなら18歳以上のお嬢様達にはこちらの方が有名なのではないだろうか…
彼らは攻め君を陥れたり、受けちゃんを襲ったりと、積極的に主人公に接触をして、自分の身を前面に晒して行く色っぽい展開が大好きな方々の隠れアイドル的な存在である。

そう、モブおじさんは代々の白モブとしての掟を破ってアーサーちゃんのためにこの黒の領域に足を踏み入れる決意をしたのである。



そうと決まれば急がねばならない。
アーサーちゃんと菊君の会話を聞いて、モブおじさんはコンビニにひた走った。
まずは写真。
隠し撮り写真は自分用にたくさん撮っておいたので、問題はない。
印刷をしてそれを白い封筒に。

――アーサー・カークランド様
の宛て名はワープロの方が無難だが、一世一代の黒モブ行為。
おそらく最初で最後のアーサーちゃんとの接触だ。
そう思うと自然と手書きをする方向へと傾いた。

万感の思いを込めて宛名を書き、アーサーちゃんのマンションの郵便受けへいれる。

――アーサーちゃん…幸せになるんだよ…
かれこれ5年間も見守り続けたモブおじさんの人生の中での主人公だ。
鍵のかかった郵便受けへと消えて行く白い封筒に自然と涙が零れ落ちた。

そして大学へとまた戻り、ギルベルト・バイルシュミットがまだ講義中なのを確認後、アーサーちゃんに隣人の名でメールをいれる。

アーサーちゃんが留守宅の荷物の預かり合いをするのに隣人とメルアド交換しているのはチェック済みだ。
もちろん隣人のメルアドで送る事はできないので、学校のPCから送っているからアドレスが違うのだが…と言っておく。

そしてメールを見て自宅に戻るアーサーちゃん。
郵便受けから封筒を受け取ってくれてホッとする。
その後隣人から悪戯らしいと言われて不思議そうにする様子も可愛い。
ああ、アーサーちゃん可愛い。

そしてアーサーちゃんを追ってきたギルベルト・バイルシュミット。
ちきしょーいいなぁ…とモブおじさんは涙した。
自分だって主人公に生まれたかった…。
主人公に生まれて可愛いアーサーちゃんと恋愛したかった。

でも…自分みたいにモブがいるから主人公が主人公で居られる。
それは確かで…それこそがただ存在し続ける事に徹し続けたモブおじさん家系のモブおじさん達の誇りでもあるのだ。

それでも自分はその掟を少しだけ破って愛する受けアーサーちゃんの幸せに貢献出来る、主人公を幸せに導くキーマンになれた実に幸運なモブおじさんなのだ。

――モブおじさんね…それで十分幸せだよ…アーサーちゃんが幸せならおじさん幸せだ…


愛するアーサーちゃんの肩を抱く主人公。
今日は想いが通じ合った2人は熱い夜を過ごしたりするんだろうか…


彼らは知らない…
一生知らない…

自分達を幸せに導いたのは、誰にも気にされる事なくただそこに存在するだけのモブおじさんだったと言う事を…。

それを知っているこの世で唯一の人間、それが自分である事を少しだけ誇らしく思いながら、モブおじさんはまた、静かに一白モブおじさんへと戻って行くのだった…。





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