キューピッドはモブおじさん1

「お~、お前それだけしか食わねえの?
そんなんだからこんな細っこいんだぜ?
今度俺様んとこ来いよ。
飯食わせてやるから…」

大学の学食でのこと…。

アーサーが1人で食事を取っていると、友人の輪から抜け出して駆け寄ってきた2歳上の先輩、ギルベルトがいきなり腰に両手を回してきた。

当然…いくらアーサーが細いと言っても両手で回るほどではないが、それでも十分薄く感じたのだろう。

「あっちのお姉様がたより腰細いぞ?」
と笑うのに、ギルベルトと一緒に来た彼の同級生のレディ達は、ひっど~と言いつつ、まあアーサー君細いもんね~と笑う。

「じゃ、そういうことで、知性派の俺様は脳ミソ休めないとだから、こっちで静かに食べるわ。
また午後の講義でな~」
と、当たり前にヒラヒラと友人達に手を振って、ギルベルトは
「ここ良いだろ?」
と、アーサーの正面の席に座りこんだ。


高校の先輩でもあるこの男は、1人楽しすぎると言いつつ、実は人気者である。
まあ、顔良しスタイル良し頭も良くて、おまけに性格も気さくで親しみやすい。
ちょうど自分とは正反対だ…と、アーサーは自嘲する。
そんな誰にでも愛されるような人気者を、それでも秘かに好きな自分は大バカ者だ…と思った。

そう、高校の時からずっと好きだった。
もちろん同性という以前に、そんな人気者のギルベルトに対して、友人すらロクに作れずこうして毎日1人で食事をしているような自分を好きになってもらえるはずなどない。

ただギルベルトは色々に余裕があって優しいので、こうやって大学で他に馴染めず1人のアーサーを気の毒に思うのだろう。
よくこうして一緒に食事を摂ってくれる。
それが嬉しくて1人気まずくてもアーサーは学食でランチを摂る事にしているのだ。

「ほんと…お前まゆげなかったら可愛い顔してるよなぁ。
まっ、まゆげもお前らしくて可愛いけど。
ほっそいし、女より変な男でも寄って来ないかとお兄ちゃんは心配なんだが……」
なんて冗談を言う彼に真顔で返すほど空気が読めなくはない…と、アーサーも
「よくわかりましたね。
最近なんだかストーカーがいるみたいで…」
と、すぐ嘘だとネタばらしをするつもりで笑いながら言ったら、いきなりガタっとギルベルトが立ち上がった。

「おまっ!!笑ってる場合じゃねえだろっ!!
あれか?!相手はわかってんのかっ?!
あ…でも居るみたいってことはあれか、わかってないんだよな?
つけられてる気配がするとか…無言電話とか?
お前1人暮らしだよな……あぶねえな。
よしっ!今日から当分俺様のとこに泊まれっ!」

怒涛の勢いで詰め寄られてポカンと呆けていると、ギルベルトはブツブツと何やら呟きながら、考えているらしい。

「とりあえず…お前今日はこのあと講義ねえよな?
俺様は別に出ないでも問題ねえ講義だから今日はこれ食ったら帰るぞ。
で、いったん俺ん家に戻って車取って来て、お前の家行って荷物積んで…その後は夕飯の買い物だな。
あ、お前食えねえもんねえよな?」
と、まただ~~っとまくし立てられて、思わず勢いで
「ない…けど…」
と言うと、
「よしっ!じゃ、食ったな?行くぞ!」
と、食べ終わったアーサーの食器のトレイを手に立ち上がった。

「え?あの…先輩、飯は?」

そのために学食に来たのであろうに買いに行く間も惜しむようにアーサーの腕を取って学食を出ようとするギルベルトにさすがに慌てて言うと

「それどころじゃねえだろ。
…ったく、そういう事はさっさと言えよなっ!
何かあってからじゃおせえんだぞっ!」
と、返されて、その勢いに嘘ですと言えなくなってしまった。


そうしてあれよあれよと言う間に荷物を取ってきて、一緒に夕飯の買い物までしてしまって、ギルベルトのマンションへ。

言わないと…嘘だって言わないと…と思うものの、言えない。
ここまでされてしまってからだとシャレにならない…。

それに…なんというか、眼福すぎて……
厚手の黒のエプロンを身につけて、慣れた風にフライパンを振るギルベルトは壮絶にカッコいい。

それでも言おうと頑張った。
一応アーサー的には一刻も早く嘘だと言わなければ…と、ご機嫌で料理をしているギルベルトの後ろまで言って
「…あの…ギル先輩……」
と、声をかけるところまでは頑張ったのだ。

ところがクルリと振り向いたギルベルトは
「ほい、味見」
と、開いた口に菜箸で香ばしく焼けたベーコンなんか放り込んで来るから…来るから…
「美味いっ!!」
と、感動して言うと、
「だろっ?!俺様自慢の自家製ベーコンだっ!」
と、イケメンスマイルを間近でくらわされて、再起不能になった。

無理…無理だ…言えねえ……

夜はなんとベッドを譲られてしまった。
アーサーが当たり前に自分の都合で泊めてもらうのだからソファに寝ると言ったら、これももうイケメン先輩オーラ満載で
「ば~か。無理してんじゃねえぞ?
どうせ家では不安で熟睡なんて出来なかったんだろうしな。
せっかく安全な俺様の家にいるんだから、ベッドでゆっくり寝とけ」
と、頭をクシャクシャ撫でまわされて、それでも…と言うと、なんといきなりお姫様抱っこでベッドに放り込まれてしまった。

もう無理…無理だ。
俺明日死ぬのかも……

と、アーサーは憧れの先輩のベッドで眠れぬ夜を過ごした…と言いたいところだが、自分でもどうかしていると思うが、ギルベルトの匂いに包まれて安心しきって熟睡してしまったらしい。
朝…ギルベルトが朝食を手に起こしてくれるまで、ぐっすり眠っていたのだった。



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