青い大地の果てにあるものGA_10_6

アーサーがイヴィル戦で蘇生されて医療室へ運び込まれたのが3日前。

ようやく退院とあいなって、アーサーに必要な着替えや日用品を用意するのと鍛練以外の時間はずっと病室に入り浸っていたギルベルトが当然、戻る時も寄り添う…のは良いとしよう。

だがアーサーの荷物を持って向かう先はどう考えてもアーサーの部屋ではない。

自室を当たり前に通りすぎられた時にアーサーはギルベルトに声をかけた。


「なあ、ポチ」
「ん?」

「どこに帰るつもりだ?」
「タマの最低限の着替えとか日用品、俺様の部屋に運んでおいたから」

…と、それは質問の返事にはなっていない…が、意味は通じる。

しかしながら…だ、どこに向かっているのかわかっても、何故そうなったのかは全くわからない。

「なんで?」
と当然問いかければ、

1人にしておくと危ねえから
と、また意味不明な返事が返ってくる。


しかしながらそれに続いて

「…俺様と一緒じゃ…嫌か?」
と、まさにポチのような目で見降ろされれば、嫌とは言えるはずもなく、

「…別に。ただ、不思議に思っただけだ」
と、付いていく事になった。






本当に信頼してもらえているらしい…。

蘇生後にまだ身体が弱っているからと入院していた医療本部から退院後、いきなり自分の部屋に連れて行くのに詳細を説明しなくてもついてきてくれるアーサーにギルベルトはホッとする。

出来れば本当の理由を告げてアーサーを不安にさせたくはない。

実は昨日、ギルベルトは朝の鍛練を終えると食堂に寄ってアーサーの分もテイクアウトして一緒に食べようと医療本部へと向かっていた。

その道中の事である。

廊下に落ちている一枚の写真…というかブロマイド。

拾ってびっくりだ。
今でも童顔だがさらに幼い雰囲気のアーサー…with猫耳

やばい…可愛いがやばい。

何しろストーカーに付きまとわれる前科ありだ。

これを落としたのはもしかして、また秘かにアーサーをストーカーしている輩がいるのか?

猫耳…なあたりがマニアックな気がする。

いや、自分も好きだけど…好きだけど、猫耳。
少年であっても元々子猫っぽいアーサーwith猫耳は可愛いと思う。

ただ、それはまがりなりにもアーサーの恋人となっている人間だから許されるのだ。
普通の人間が少年が猫耳をつけている写真を当たり前に持っているのはおかしいと思う。


…さて…どうするか……

持ち主…特定しねえとだよな……

写真を手に考え込むギルベルト。
そんなギルベルトの服の裾をツンツンと引っ張るアーサー。


「ん?どした?」

と、いったん写真をデスクの引き出しにしまって振り返れば、アーサーは拗ねたように口をとがらせている。

「飯っ!腹減ったっ!!」

他には言わない我儘。

すっかり慣れた自分にだけ見せる少し上から目線の甘えに嬉しいと思う自分は重症だとギルベルトは苦笑した。

「なに笑ってんだよっ!」

「いや、悪い」
と、そこは本当の事を口にすれば機嫌を直すまでが大変なので素直に謝ると、ギルベルトは

「食堂でタマの好物いっぱいテイクアウトしといたからな。
今温めるから」
と言って、キッチンへと向かった。


そうして温めておいた食事を持ってリビングへ向かうと、もう準備万端で待っているアーサー。

ギルベルトの手の上のトレイにキラキラした目を向ける様子は子どものようで可愛らしい。

そして…これはもう入院してからずっとそうなのだが、ギルベルトが席に着くと当たり前に口を開ける。

そう…自分でフォークやスプーンを持つ事なく、まるでひな鳥のように口にいれてもらうのを待っている。


「もう病人じゃねえんじゃなかったか?」
と、言ってみるが、

「…ダメなのかよ……」
と、上目遣いに言われれば

「…ダメじゃねえけど」
と言うしかない。


甘えるのが下手なアーサーの精いっぱいの甘えだと思えば、拒否なんかできるはずもないし、したいとも思わない。

なので、もうこれずっとこういう習慣になるのかもな…と思いつつ口に料理を放り込んでやると、アーサーはご機嫌でもぐもぐし始めた。


可愛くて愛しいギルベルトの相棒で恋人…。

いや、正確には公称恋人なだけで実際に交際を申し込んだり恋人らしい諸々をしたりはしていないのだが…

それでも今回アーサーを失いかけた時は心臓が止まるかと思った。

すでにそこに居ないと言う事に耐えられそうにない。

生まれて物ごころついた時から大切にしろと言われて努力して維持してきたものは、5歳で弟が生まれた瞬間、お前のものではなくなったのだ…そう言われて取りあげられた。

それ以来大切なものを作ると言う事を、無意識に避けて来たのだと思う。

冷静で理性的で物や人に執着しない…ゆえにそう言われてきたのだが、実は自分は非常に執着する性質なのだ…とギルベルトは知っている。

ただ…執着するがゆえに失うのが嫌なだけだ。



「…タマ……」

お腹いっぱい幸せな顔で食事を終え、満足げにソファでゴロゴロしているアーサーを見て、失くさずに済んで良かったと思う反面、失くすところだったのだ…と改めて思い出して身体の震えが止まらなくなった。

「…タマ…タマ、タマ…タマ……」

「…ポチ?」
寝ころんでいたソファから身を起こしてきょとんと見あげてくる。

それをギルベルトはぎゅっと抱きしめた。

「…お前…大丈夫か?」
と、普段ぞんざいな割りにそれを拒む事なく、むしろ心配そうに聞いてくるアーサー。

おずおずとギルベルトのそれより一回りも小さい手が伸びてきて頭を撫でてくる。

「…心臓が……止まるかと思った……」

「……?」
「タマが…死にかけた時……」

「…あ~……」
そこでようやく合点が言ったらしい。

アーサーが小さく納得の声をあげて、それから少し考え込んだ。

そしてポスンとギルベルトの肩口に顔を埋める。

そのままぐりぐりと頭を擦りつける様子はまるで本当の猫のようだ。

「…俺…泣いた」
「は?」

突然の言葉に聞き返すとアーサーはやっぱり顔をギルベルトの肩に押し付けたまま言う。


「…1人で死んでいくの…当たり前だと思ってたんだけど…お前が当たり前に側に居すぎんのが悪い。
死ぬのは仕方ないにしても、お前がいないの寂しくて泣いたんだぞ。責任取れ…」

と言ってまた頭をグリグリ擦りつけるアーサーを見下ろせば、白い耳が赤く染まっている。

「タマ……お前……」
可愛くて愛おしくて死ぬかと思った…。


「可愛すぎて俺様萌え死にそうなんだけど……」
「…1人で死んだら殺すからな」

と矛盾した言葉…。

殺すとは物騒だがやりとりが甘い。
まるで本当に深く愛し合った恋人同士のやりとりそのものだ…と思う。


たぶん…持っていたものを失くした自分とは違って、アーサーは元々持っていなかったのだろう。

それでもどちらも欲するもので満たされていなかったから、失うのを恐れている。

ギルベルトはソッと身体を放してアーサーの顔をあげさせた。

柔らかなアーサーの頬に触れる。

ギルベルトが泣きそうなのと同じような気持なのだろう。
アーサーの大きな淡いグリーンの瞳はすでに涙でいっぱいだ。


「タマ…俺から離れるなよ…。
俺は絶対にこれからずっと...お前が今まで桜と過ごしてきた時間よりずっと長くお前の側にいるから...
もしかしたらその間にはお前を傷つけたり怒らせたりもあるかもしれねえけど...絶対に側にいるから」

――約束…な…?

コツンと額に軽く額をあてて、それからアーサーの小さな鼻に自分の鼻をすりつける。

そして…自然に自分の唇をアーサーの桜の花びらのように愛らしい色合いの小さな唇へ…
触れた瞬間、ビクっと震えたが、アーサーはそれを拒まなかった……

「お前だけは…いなくなるなよ…」
唇が離れたあと、アーサーがぽつりとつぶやく。

「ああ」
「また一人になるの…すごく…怖い」

「…させねえから、安心しろ」
言ってギルベルトは指先でアーサーの涙をぬぐう。

「…側に…いろ…」

自分がすごく弱いと自覚しているアーサーの涙目の上目遣い。
吸い込まれそうな大きな瞳に映る自分。

かすかに開いたピンクの唇に唇を重ねると、吐息が口の中になだれ込んでくる。

頭が一瞬真っ白になった。
パフっとソファに吸い込まれるアーサーを追いかける様に覆いかぶさる。

アーサーの髪からだろうか。
甘い花の香りがただよい鼻をくすぐる。
気が遠くなりそうな甘い甘い匂い。

何度も何度もついばむようなキスを繰り返すと、アーサーの身体がピクッと動いた。
それに気付いて今度は深く深く口付ける。

そしてわずかに開いた唇の間から舌を割りいれ、アーサーの舌をさぐった。

先端が触れると腕の中のアーサーがまたビクン!と硬直し、ギルベルトのシャツを握るアーサーの小さな手にギュっと力がこもる。

さらに深く舌をからめとると、閉じたアーサーの目がさらに堅くぎゅっと閉じられ、苦しそうに眉根に皺がよった。

「…ン…ポチ…っ!」

深く口づけられて息苦しくなったアーサーが小さなこぶしで胸を叩いてくるのに気付いてギルベルトはハッと我に返ってあわてて身を起こした。

「わりっ…」
退院したばかりの相手に何やってるんだ、自分。

ギルベルトは口を拳で覆って呆然としている。
理性と自制心には自信があったのだが、その自信がガラガラと崩れ落ちて行く。

このままじゃ...やばい。

「ちと俺もやばい...かも。悪い、ちょっと外で頭冷やして来るわ」
言って立ち上がるギルベルトのシャツがクンとひっぱられる。

「いや、ホント今日はまじやばいから」

その手を外そうと手に触れるのもやばい気がするので口で言うが、アーサーの手は離れない。

...息苦しかったんだ」
後ろから声が追ってくる。

「ああ…だから…あとで聞くから。まじ俺今はやばいから」
頼む、離してくれと思いつつ言うギルベルトにアーサーは唐突に言った。

「あの…な、俺、親がジャスティスで基地内で生まれて、その親が死んでほぼ物ごころついた頃からジャスティスやってるんだ」

...?」

あまりの唐突さに思わず立ち止まって振り返ると、真っ赤な顔でうつむくアーサーが目に入る。

「…だから…物ごころついたから仕事してたから...16歳って充分大人扱いだしな…
あの…俺、普通の世界って知らないから…そういう知識ってあまりなくて…
どうすれば良いとかあんまりわかんないんだけど…
ポチが…それでも良いなら…いいぞ…?」

クラリとめまいがした。

いやいや、良くないだろう。
そう言う事は…もう少し交際期間を経てちゃんと手順を踏んで……

と、最後の理性が崩れ落ちそうになるのを必死でこらえて、ギルベルトは口をひらく。

「無理しないでいい。無理させたい訳じゃねえから…」

「…俺は無理じゃないんだけど……
…ていうか…いつ死ぬかわからねえし…
どうせならあの時しとけば…とか思うの嫌じゃないか?
それとも…ポチ的にはそういう意味ではだめ…か?」

上目遣いに見上げる顔は反則な可愛さで...

ダメじゃないです…本当に全然ダメじゃないのが問題だ。
これを振り切るというのはそれこそ無理な話だった。

「そか…まあ俺様はそう簡単にはタマ死なせる気はねえんだけどな?
でもごめんな。俺様タマ欲しすぎて限界みてえ。
絶対に大切にするし、順番逆になって悪いけど、あとでデートでも指輪でもなんでも用意する…」

ということで頂きます…と、ギルベルトはあーさーを抱き上げて寝室へと直行した。

鉄のように硬いはずのギルベルトの理性はいつでもどんな事においてもアーサーの前にはまるで豆腐のように容易に崩れ去ってしまうのである。



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