オンラインゲーム殺人事件あなざーその5・魔王探偵の事件簿_8

そして現地。
ヘコヘコとお辞儀を繰り返しながら何やら言っている異母兄に苛々する。
アーサーが興味をひかれる相手というのを差し引いても、この異母兄とはおそらく相性が悪いのだろう。
顔を見るたび苛立ちを感じるので、なるべくそちらに意識を向けないように、大事な愛し子に視線を向ける。

それでも最低限、
「最近物騒やしまだ中学生のこの子1人にせんといてな。」
と、注意を与えて早々に退散すると、アントーニョはバッグを手に控えている秘書から変装用具を受け取り、即トイレに駆け込んで大急ぎで着替えた。

そしてカフェに取って返す事5分。
慌てて覗き込んだカフェにはもう異母兄の姿も可愛いアーサーの姿もなく、アントーニョは盛大に舌打ちした。

油断したっ!
秘書を返さずに見張らせておくべきだったっ!!
速効あたりを見回して、アントーニョは走り出す。

「電車っ!ホームにアーティおらんか、急いで確認したってっ!!
近くに会社のモンおったら、全ホームっ!!!」
と、走りながら秘書に電話を入れた。

この駅ビルに乗り入れている電車は2種類。
ホームは3ホームだ。
この駅以外に移動するとしたら、そのホームからになる。
こうして電車関係は秘書に任せる事にして、アントーニョは店を片っ端から覗きながら地上を目指した。

冷やりと冷房の利いた地下街から階段を駆け上がり、外に出るとむわっとした夏の空気に汗が噴き出る。
ゆらりと空気が歪むような暑さの中、アントーニョはそれでも走り続けながら、人ごみにの中に目を凝らし続けた。

何路線か出ているバス。
それに乗られてしまっていたら…と、バス停もくまなく探し、バスの窓にも目をやるが、それらしき影はない。

こうしている間にもアーサーとの距離が遠くなっているようで、気ばかりが焦る。

バス停チェックを終え、視界を遮る汗をぬぐって、もう一度駅の方へ…と、振り向いた先に見えるタクシー乗り場。

そこから丁度動き出した車の中に、アントーニョは探し求めた相手をみつけて、
「待ってっ!ちょっと待ったってっ!!!」
と、叫んだが距離もあり人も多いなかでのこと、タクシーは気づかず走り去っていく。

まずい…と直感的に思ったのは、タクシーの窓にもたれかかるようにしていたアーサーの目が閉じていた事。
ついさきほど別れた時には体調不良でも睡眠不足でもなかったはずだ…というところからはじき出された結論に、アントーニョは青くなる。

「ギルちゃんっ!!アーティが誘拐されてんっ!!今、タクシーで連れ去られてんけどっ!!」

迷わず電話をした先はギルベルトの携帯。
電話の向こうでギルベルトも息をのむ。

そして流れる沈黙。
走り続けたアントーニョの荒い息だけが響く事数分。
…あ…と、ギルベルトが声をあげた。

「お前…以前、アーサーの兄貴にGPS付きの時計送ったっつってたよな?
兄貴も一緒ならそれで居場所わかんねえ?」

「それやっ!!!」

すっかり頭に血がのぼっていて忘れていたが、それがあったか…と、アントーニョは歓声をあげた。

「おおきにっ、ギルちゃん!また連絡するわっ!」

と、用件だけ言って電話を切り、アントーニョは今度はGPSで行き先を確認する。
車が一路北の方へ向かっている事がわかると、今度は秘書にもう一台スマホとバイクを用意してくれるように頼んだ。



こうして届けられたのは、普段は学校の寮なので滅多に乗らないが、大伯父が所有しているサーキットで主に乗るシャドーファントム。

アメリカンコミックのダークヒーロー・バットマンが乗るバットモービルという黒い乗り物を彷彿とさせるシックさ、そして650mmというやや低めのシート高で、少し車体を倒してカーブを曲がっていく地を這うように走るという感じがアントーニョはとても気に入っていた。

アクセルを回すとマフラーがバイク好きにはたまらない、とても良いサウンドを奏でるが、今はそんな愛車の音を楽しんでいる余裕もない。
どうやら東京郊外で止まっているターゲットに向かってひたすらにバイクを走らせる。

こうして辿りつく郊外のとある場所。
普段なら絶対に大事な愛車を放置はしないのだが、今回はそんな事を言っている場合ではない。
ターゲットのいるらしき住宅から少し離れた所にバイクを止め、そこからは徒歩だ。

古い平屋建ての建物。
空き地のように手入れされずに雑草だらけの庭には倉庫。
周りに他に建物もなさそうなので、ここらしい。

そっとドアノブに手をかけると、不用心にも鍵はかかってなく、簡単にあいた。

犯人が不用意なのか罠なのか…一瞬迷うが、即中に入る。
そのまま薄暗い家の中をそっと探索した。

薄暗い室内。
掃除が行き届いていないのか埃の匂いがするが、人が住んでいるような気配はある。

アントーニョは注意深くあたりの気配をさぐりながら、玄関から続く短い廊下の先つきあたりの部屋へと入って、そこに転がっている物体を見て小さく息を吐きだすと、ギルベルトに手早くメールを打つ。

『東京都○×市……の一軒家にアーティの兄貴の遺体あったから、警察呼んだって。親分これから家ん中探索してアーティ救出するさかい』

普通なら刺殺体など発見したなら動揺するところだが、あいにくアントーニョはそんなものを見るのも初めてではない。
大伯父と廻った紛争地域などでは遺体を見る事など日常茶飯事だ。

とりあえず、今の時点では、殺されているなら一緒にここで転がされているだろうから、遺体が異母兄のものだけということなら、アーサーは生きているのだろう。

アントーニョにとって重要なのはその事実だけだ。
他人の遺体などどうでもいい。
そこでさらに奥へと足を踏み入れることにする。

突きあたりの部屋からさらに奥に入ったところにはふすま。

アントーニョは音をたてないようにふすまを開け、灯りのない真っ暗な室内に入りこみ、また後ろ手にふすまをしめた。
そして暗闇に目が慣れるまで…など待っている余裕もなく、10畳ほどの室内を迷わず進む。

その和室のさらに奥には今度は木のドアがあるようだ…と、認識した瞬間、悲鳴が聞こえた。

「いやだあぁあああーーー!!!!」

との声にカーッと血が頭にのぼり、奥のドアノブに飛びついて開いたつもりだったが、バリバリッ!!と音がしたので、もしかしたら引きちぎってしまったのかもしれないが、そんな事を気にする余裕もない。

手の中でぶらんとぶらさがっているドアを横に投げ捨て、アントーニョはさらに真っ赤に染まった意識の中、大事な大事な宝物にのしかかっている汚物を掴んで横に投げ捨てた。

破けてボタンが飛び散ったシャツ。
そのせいで見た目は凄惨な印象だったが、とりあえず下肢の方の衣服の乱れはない…と、それだけを瞬時に認識し、アントーニョは上着を脱いで涙で濡れた大きな目を茫然と見開いている愛し子をそれで包むと、そっと抱きしめ、そこでようやく息を吐きだした。

ああ…良かった、取り戻した…。
頭の中に浮かぶのは、ただただそんな言葉だけだった。


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