翌日はアーサーの大学での数少ない同級生の友人、菊と一緒の講義だ。
彼は高校からの同級生で、アーサーのギルベルトへの思いを知る唯一の人物でもある。
ギルベルトはその日は外せない講義で、最初はそれも休むと言っていたのだが、アーサーが講義が終わってからは菊と一緒に待っているからと言うと、了承してくれた。
なので、講義終了後、アーサーは菊と共にカフェテリアでお茶をしながら、昨日の出来事について相談していた。
「本当に…冗談のつもりだったんだ。
ギル先輩っていつも明るいから…俺だってたまには冗談の一つでも言って明るくふるまおうと思って…。
本当に下ごころなんてなくて、それだけだったんだ」
と、泣きつけば、本当はいそがしいのだろう。
菊は何やら大学ノートに書きながらも相槌を打ってくれる。
「わかりますよ。
ええ、アーサーさんは奥ゆかしい方ですし、そんな風に騙して既成事実とかできるくらいなら、もうくっついてるでしょうしね…」
と、その言動は若干謎ではあるのだが…。
既成事実…なんて、あんなに綺麗なレディに囲まれてそれを見慣れているギルベルトがいくら迫られたとしてもこんな貧相な男とあれやこれやしようと思うことなど天地がひっくり返ったってありえない。
そう主張すると、菊は何故だかびっくりしたように眼を丸くして、それからふぅっと
「アーサーさんは十分愛らしくていらっしゃいますよ?」
と、柔らかい笑みを浮かべた。
菊は優しい…。
菊はアーサーを否定したりしない…。
でも事実は違うのだ。
アーサーは可愛らしいレディ達ではない。
「…俺が本当に可愛くて本当にstkrの1人くらいいたら、それで問題解決なんだけどな…」
と、頭を抱えて呟くと、菊は
「おやおや、じゃあ私がsktrに立候補いたしましょうか。
ああ、でもギルベルト先輩に殺されてしまいますね」
と、ころころと笑って言った。
そんな話をしつつ時間を潰していると、メールが来た。
アーサーのマンションはほとんどが学生で、学生同士メルアドを交換して、荷物などを預かってもらったりする事がある。
そんな連絡メールで、隣の部屋の住人から荷物を預かっているので取りに来てほしいとのことだ。
「…ということで、ちょっと荷物だけ取りに行くな?
先輩もそろそろ講義終わると思うけど、あっちもこれから家をしばらく空けるから早く取りに来てほしいってことだから、悪いんだが先輩に言っておいてもらえるか?
俺、荷物受け取ったら先輩のマンション行くからって」
携帯のメール画面をかざしつつそう言うと、アーサーは1人で大学から徒歩20分の自宅マンションへと急いだ。
つい昨日ぶりのマンション。
郵便受けを確認する…と、アーサー・カークランド様へ…とだけ書かれた白い封筒。
なんだ?これ…と、思いつつ、あとで確認しようととりあえず隣の住人の部屋に荷物を取りに行く…が、何故か相手はメールを送っていないと言う。
「これ…俺のアドレスじゃないだろ?」
「いや…学校のPC使ってるからって書いてあったから…」
「あ、ほんとだな。でも俺じゃねえよ?誰かのいたずらじゃね?」
などと不可思議なやりとりがあって、とりあえず詫びを言ってそのままの足でマンションを出た…ところで、血相を変えたギルベルトに会った。
「お前っ馬鹿だろぉぉ~~!!!!」
ぜーぜー息を切らしながらも絶叫。
どうやら走って来たらしい。
「…っ…ストーカーにっ…襲われたらっ…どうすんだっ!この馬鹿っ!!」
本気で心配してくれたらしい事に申し訳なくなって、もう怒られるの覚悟で正直に言う事にした。
「先輩…ストーカーの話、あれ嘘なんです。ただ冗談のつもりだったんだけど、言いだせなくて…。ご心配おかけして申し訳ありませんでしたっ!!」
ガバっと頭を下げた瞬間、勢いでポケットから落ちる封筒。
「…これ、なんだ?」
「あ…さっき自宅ポストに入ってて……」
「…送り主…書いてねえけど?」
「…ですね…」
「心当たりねえなら、開けていいか?」
「あ、はい。どうぞ」
非常に声が不穏というか…怖い。
やはり嘘は良くなかった…。
怒っている……。
そんな事を思って固まるアーサーの目の前で鞄の中から筆箱を出して丁寧にハサミで封筒を開けるギルベルト。
…………
…………
…………
「…なあ……」
「…はい?」
「…俺様…そんなに頼りねえか?」
「…いえ?」
「…じゃあ…なんで嘘付くんだよっ?!」
「え?だから冗談のつもりで……」
「だからそういう嘘やめろよっ!!
めいっぱいストーカーされてんだろうがっ!!!」
これなんだっ!!!と、突きつけられたのは、アーサーの写真の数々…。
へ???
どう見ても視線がカメラの方を向いていない隠し撮り写真。
今は冬なわけだが、何故か菊達と夏にプールに行った時の水着写真まである。
「お前なっ!迷惑とか考えんなっ!!
それとも俺様、昨日お前の気に障る事でもしたかっ?!」
「いえ…そんなこと全然…」
「とにかく、お前は嫌でも俺様ん家に連行だっ!!」
「だって…そんな迷惑……」
「迷惑じゃねえっ!!惚れた相手守りてえだけだっ!!
守らせろっ!!!」
「…へっ??」
何か…とんでもないことを言われた気がする…。
…あー…と、ギルベルトはピタッと止まって、額に片手をあげて天を仰ぎ…そして俯き加減に息を吐き出した。
「あの…な、もうちっとマシなシチュエーションでちゃんと言おうと思ってたんだけど…今返事はすんな。
今それ言うのはズルイってちゃんとわかってるし、お前に強要もしねえし、単に俺様の自己満足でお前を守りたいだけで、お前がそれに恩義を感じる事はかけらもねえから。
もちろん馬鹿な真似もしねえよ。
ただ…ちゃんと伝えておくとな、俺様は高校の頃からずっとお前の事好きだった。
でも…あれだ、カップルとかなっちまうと色々したくなるし?
18歳超えたら告白しようかな~とか思ってたんだけどな、お前が18になったら、もう俺様あと2年は良い先輩して、社会人になって何かあってもお前を引き取れるようになってからの方が良いんじゃねえのかな~とか…
ああ、もうそうだよ、面倒くさいこと考えすぎて告白の機会逸してたんだけどよっ!
お前が好きだっ!
だから…お前が変な奴に襲われでもしたらと思うと、いてもたってもいられねえんだよっ!
俺様の事は普通に今まで通りの先輩と思ってくれてて良いから、とにかく守るだけは守らせてくれっ!」
「…びっくり…した……」
これはもしかして都合の良い夢なんじゃないだろうか…と、思う。
だってあり得ない。
本当にあり得ない。
片想い歴は高校3年間プラス大学の1年間の4年間だ。
そして…絶対に叶わない想いだという自覚もあって、それでも一緒にいたくて同じ大学を目指した。
「ちょ、わりっ!そんなに嫌だったか?」
気づけばぽろぽろ泣いていて、焦ったギルベルトが顔を覗き込んでくる。
「ちが…っ……」
泣きながら首を横に振れば、少しホッとした顔。
「ずっとっ……」
「…おう……」
「…かた…おも…い…だって…思って…て…」
「…へ?」
シャクリをあげながら言うアーサーの言葉に今度はギルベルトがびっくり眼になった。
「…せんぱ……モテる…し」
「…あー…つまり……」
くしゃくしゃっとギルベルトが頭を掻く。
「ストーカー騒動が終わっても、俺様、アルトを抱え込んで守っても問題ねえって事か?」
と、少し照れたように笑うギルベルトにアーサーがコクンと頷くと、
「そっか。じゃ、とりあえずストーカー様には感謝しつつ、今日は祝杯あげるかっ」
買い物行くぞ、アルトーと、ギルベルトはハンカチをアーサーの眼に押し当てると、アーサーの肩を抱いて歩きだした。
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