オンラインゲーム殺人事件あなざーその6・魔王探偵の事件簿_1

慰撫(17日目)


こういう時に国家の権力者の知人がいるとありがたい。
お互い滅多にお互いの身内にまでは言及したりせず気にもしないのだが、今回ばかりは警察庁局長のギルベルトの父親の存在が物を言ったと思う。

助けだした時には上半身のシャツが破かれ、ボタンが飛び散った状態で、今なお茫然自失のアーサーにこれ以上追いうちをかけるような真似はして欲しくないが、まがりなりにも同じ家の中で殺人が起き、しかも殺されたのはアーサーの異母兄だ。

どう見ても犯人は明らかだとは思うが、本来なら一応事情を聴くために拘束くらいはされてもおかしくはない状況である。

しかしギルベルトの父親の鶴の一声で、一応暴力事件の被害者と言う事と、まだ幼いと言える年齢の少年である事を考慮され、アントーニョとギルベルトが事情を話すと言う形で対応してもらった。

高校生連続殺人事件の犯人としてイヴは逮捕され、ギルベルトは一連の事情を説明するために警察に残り、アントーニョはアーサーを寮に連れ帰る事が許されたので、寮に戻る。


「アーティ、服着替えようか。」
と、しっかり抱きしめたままだったアーサーから少し身を離し、アントーニョはアーサーの着替えを準備した上で、アーサーを包んでいた自分のサマージャケットとアーサー自身の破けたシャツを脱がせた。

フランシスに用意させた温かい湯に浸したタオルで軽く身体を拭いてやると、ビクっと身を震わせて固くなる。

「…大丈夫、大丈夫やで。これからは親分が絶対に1人にせんから。守ったるからな。」
と、その小さな身体を抱き寄せて、ふわりとパジャマで包み込むと、そこで初めてアーサーは小さく小さく呟いた。

…兄さんは………
…ん?
…俺が…嫌いだったって……

そこまで言うと俯いてポロポロ涙をこぼして足元から崩れ落ちかけるアーサーを、アントーニョは慌てて支えて抱き寄せた。

あのアホがっ!!!
ああ、あんな奴の何の気遣いもない言葉でこの子をこんなに傷つけるくらいなら、想像だろうと何だろうと自分がなんとでも言って異母兄とこの子を引き離してやれば良かった…

そもそもが、大切なモノを他人に託すと言う事自体が間違いだったのだ…と、アントーニョは自分の判断ミスを後悔した。

今回はアーサーに心配をかけまいと思っていたが、むしろ全てを話した上で自分がきっちり抱え込んでガードするべきだった。
自分に対する絶対的な信頼を築けるなら、それが最善のはずだ。
そして、自分は断固としてそちら方面の努力をすべきだった。

今後は絶対に間違わへん…

アントーニョは固い決意をする。
そして両手でアーサーの頬を包んだ。

「…世の中には…アーティを傷つけようとする輩がいっぱいや。
もちろんアーティに何も興味を持てへん奴らもいっぱいおる。」

そう言うと、親分を見て?と、泣き続けているアーサーの顔をあげさせた。

朝露に濡れる柔らかな葉のような大きなグリーンの瞳。
こんなに美しいモノを嫌ったり傷つけたりする輩がこの世の中には実際にいるのが、信じられない。

アントーニョは少し安心させるように笑みを浮かべて言う。

「運命の赤い糸の話知っとる?」

と、唐突に紡がれた言葉に、アーサーは泣きながらも少し不思議そうに頷いた。
まあ、普通に知っているだろう。
有名な話だ。

「人間は、運命の相手の小指と小指を赤い糸で結ばれてる…って言うのが一般的やんな?」
アントーニョの言葉に、何か予想したのか、アーサーが悲しげに首を振る。

「口ではなんとでも言えるけど…俺にはそんなの見えない…。
そんな相手なんているとは思えない…。」

そう言われるのも想定の範囲内だ。
アントーニョはアーサーに少し顔を近づけて、真剣な眼差しでアーサーのペリドットを覗き込んだ。

そして…おごそかに言う。

「見えるんや…。
赤い糸って確かにあるんやで?
信じられへんかもしれんけどな…」

あまりに真剣なアントーニョの表情に、アーサーが疑わしげに…しかし即座に否定の言葉を口にするのはためらわれて口をつぐんでいると、アントーニョはさらにズイっとお互いの顔がかろうじて認識できるくらいの距離に顔を近づけた。

「親分には赤い糸って見えるんや。
せやけどな、大抵の人間の糸は糸だけに細いさかいな、複雑に絡まりあってて誰につながっとるとかわからへんねん。
でもたまに…本当にたまにやけど、すごく太い紐くらいの糸があんねん。
それは小指やなくて心臓からでとって、それが相手の心臓につながっとる。
親分、夏にばあちゃんの兄ちゃん、関係から言うと大伯父やけど、おっちゃんて呼んどる人なんやけどな、その人と世界各国、特に死と隣り合わせの紛争地域やら未開の地を旅しとるんや。
あ、それはギルちゃんやフランに聞いてもらえば本当やってわかるで。
そうやってまわっとる間に、そんな心臓と心臓が太い赤い糸でつながっとる同士を一組見た事があるんや。
すごく愛しあっとる恋人同士でな。
けど、その片割れがな、撃たれて死んでもうてん。
そしたら…残った方はどうなったと思う?」

低く低く囁くように言うアントーニョの言葉…。
深い色合いのグリーンの瞳から目を反らす事も出来ず、アーサーは早く脈打ち始める自分の鼓動を感じながら、首を横に振った。

…死んでしもうたんや………

静かな言葉…。
なのにそれはひどく重々しくアーサーの耳に響く。
そして大きく見開いた目を何か問いたげにアントーニョに向けるが、アントーニョは静かに首を横に振った。

「ちゃうねんで?自殺やないねん。
片方が死んですぐ、ショックで心臓が止まってもうてん。
親分が滞在しとった村での事やったから見に行ったんやけどな、生きとる時は真っ赤にキラキラ輝いとった互いの心臓から出とった赤い糸は、光を失くした心臓から互いの心臓に繋がったまま、それだけはキラキラ光を放っとったんや。
指に繋がった赤い糸の相手と結ばれんで、他の奴と結婚しとる奴は多く見て来たけど、その後、何人か見た心臓でつながった赤い糸で結ばれた奴は、みんな繋がっとる相手と一緒になるか、もしくは出会えんかった場合は生涯1人きりや。」

「…1人は…寂しいな……」

心の底からの言葉。
一人ぼっちは寂しい…。

物ごころついてから誰もいなかった頃、ずっと1人だった頃は悲しいけど平気だった。
でも人と居る事を、人がいるぬくもりを覚えてしまった今では、それが耐えきれないほど寂しい。

「…もしかして…俺の赤い糸は心臓から出てるのか…?
だから、運命の相手と出会えない限り一人ぼっちなのか?」

寂しい…寂しい…寂しい…。
この広い世界の中で、たった一人と出会える確率なんてどのくらいあるのだろう……

そう思って珠のような涙を零し続けるアーサーの考えを読みとったように、アントーニョは少し笑った。

「アーティには見えへん?
ここと……ここ。」

と、アントーニョが自分の左胸元を指差したあと、トン、と軽くアーサーの左の胸元を突く。

それでアーサーはようやくアントーニョが何故こんな話をし始めたのかを理解した。
そして、それが自分を慰めようとするアントーニョの心遣いだと知って悲しくなる。

アントーニョはカッコ良くて頭も良くて性格も良くて多くの人に好かれているから、そんな相手が自分と一緒にいてくれたら確かにそれは素敵な事かもしれないが、可哀想な自分のためにと、優しいアントーニョが彼にふさわしい素敵な相手と居る事を諦めて、一生を犠牲にしてくれるなんて、さすがにダメだと思う。

「…俺のために……無理、しないでいい…」
断腸の思いでアーサーがそう言うと、アントーニョは
「や~っぱ、信じてはもらえへんかぁ~」
と頭をかく。

ああ、やっぱり優しい嘘だったんだな…とアーサーは思うが、アントーニョの言葉の意味は違ったようだ。

「あのな、親分出来ればちゃんと時間をかけて手順踏んでやりたかったんやけど…」
と微笑む顔は優しくて、アーサーの鼓動を早くするが、続く言葉が

「アーサー…キスとかその先とか…したことないやんな?」
で、アーサーは頭上にはてなマークを浮かべて首をかしげた。
そんなアーサーに構わず、アントーニョは言葉を続けて行く。

「それでも…知らん奴に触れられて気持ち悪かったとか、そういう体験はしとるやんな?」
と、その言葉に、今までの電車などでの痴漢や、それこそついさきほどイヴに触れられた事を思い出して、アーサーは嫌悪に顔をしかめた。
それに気付いたアントーニョは
「ああ、嫌な事思いださせて堪忍な。」
と、ふわりとアーサーの頭をなでる。

「でもな、そんな心臓からの赤い糸の恋人達に聞いた事あんねん。
その赤い糸の相手とやったら、初めてでも触れればめちゃ気持ちええんねんて。
普通はな、全くの未経験やと好きな相手かてすぐはめちゃ感じたりはせえへんもんなんやで?
せやから…どうしても信じられへん言うなら、証明したりたいんやけど…。
親分は初めてやないからええねんけどな、アーティが初めてで嫌やなかったら……キスしてええ?」

……あかん?
と正視できないほど男らしく整った顔が近づいてきて、アーサーは真っ赤になって視線を反らした。



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