こうして再度戻った現場…紗奈の部屋。
明かりが消えていて暗い。
鑑識を廊下に待たせて部屋の中に足を踏み入れる3人。
「こらこら、あかんて」
とアントーニョがへらりと笑って、そのアントーニョをギルベルトが
「そういう言い方すんなっ!」
と、ぺしんと叩く。
「……?」
そのやりとりに不思議そうに首をかしげるトーリスに、ギルベルトはすみません、と小さく謝ったあと、説明をした。
「人を殺すという場合、加害者が被害者に直接危害を加えるという方法の他に、何かをスイッチにして相手に危害を加えられるように仕掛けを作っておくという方法もあるんで。
その仕掛け自体が証拠になる場合があるというのもあるけど…むやみにあちこちの物を動かしたりすると仕掛けが発動したりとか言う可能性もあるし、気をつけるに越した事はないです。
検証のプロの鑑識以外は、現場はある程度状況が確認できるまでは可能な限りいじらない。
証拠集めの観点からも安全性からもそれが基本かなと」
「あ…す、すみませんっ」
と、トーリスは慌ててスイッチから手を遠ざける。
そして本当になんていう高校生達なのだろう…さすがに海陽出身のエリート警視が一目置くだけある…と、感心する。
そんなやり取りをしている間にもアントーニョの方はくるりと死体のほうを振り返り、用意しておいたらしい懐中電灯で遺体を照らしてみている。
その明りに照らされた遺体の方へ、ギルベルトとトーリスも一歩近づいた。
床の上に仰向けに倒れた若い女性の遺体。左の胸元にはピックが刺さっている。
アントーニョはその横にしゃがみこむと、ピックがささっているあたりを照らしてギルベルトに手招きした。
「ギルちゃんこれをどう見る?」
唐突に投げかけられた当たり前すぎる質問。
ピックがささっている辺りは左胸だ。
ん~…と、考え込むギルベルト。
しかし本当に見たまま、わかりきっている現場な気がして、トーリスは不思議そうな視線をアントーニョに向けた。
「どうって…心臓をピックでひとつきですよね?死因はそれで…」
と、言うトーリスに、はぁ~っとわざとらしくため息をついてうつむくアントーニョ。
「す、すみませんっ!何か変な事言いましたかっ?!」
もう本当に条件反射だ。
身をすくめて謝るトーリスに、まだ観察を続けたまま無言でアントーニョの後頭部をどつくギルベルト。
――痛ぁ~、ギルちゃんひどいわぁ…
と、それに大して痛くもなさそうに呟いて頭を押さえながら、アントーニョはそれでも説明してくれた。
「兄ちゃん、よお見てみ?被害者は抵抗した痕跡がないやろ。
ということはな、抵抗する暇もなく一突きや。
知人だと思って安心していたにしても相手がピック振り上げたなら何らかの反応はするやんな?
特定の訓練を受けた人間ならともかく一般人が相手に気づかせる間もなくここまで綺麗にピックで刺せへんやろ?」
アントーニョの言葉にトーリスは
「…あっ…」
と初めて気づいて右手を口に当てた。
「ということで…や、ピックは抵抗できない状態で刺されている。
抵抗できへん状態という場合、どういうパターンが考えられるか…。
抵抗できひんように拘束されている。意識を失っている。死んでいる。
この3パターンくらいや。
で、遺体に拘束されていた痕跡が全く見られない…ということは、意識をうしなっていたか死んでいたかなわけやんな」
いいのか?普通、一般人が他殺死体などみたら動揺して逃げると思うのだが、ざっと見ただけでここまで分析出来てしまうくらい殺人事件慣れしている高校生達に、トーリスは眩暈がする。
「えと…それで?」
と、そこで途切れる言葉にトーリスが先をうながすと、アントーニョは
「ここまでしかわからんわ。プロやないし」
と、軽く肩をすくめて、バトンタッチとばかりにギルベルトに視線を送った。
そこで難しい顔で考え込んだまま、ギルベルトが後を引き継ぐ。
「キズを見てみろ。傷口からほとんど出血していない」
「どういうことなん?」
「いきものが死ぬと心臓が止まるだろ?
でな、心臓が止まると血管内に圧力がなくなるから出血しないんだ。
つまり…ほぼ出血のないこの傷口はな、死後に出来た物と推測できる」
なんで普通の高校生がそんな事知っているんだろう……
この説明を耳にした時のトーリスの第一印象だ。
次に思う。
ああ…“普通の”高校生ではなかったか…。
超エリートキャリア組出世頭の警視が認めている、日本で一番頭の良い学校の後輩である高校生……。
トーリスがそんな意味のない思考の波につかっている間もギルベルトの説明は続く。
「ピックの傷が死因じゃないとするとだ、他に死因があるはずなんだが、この被害者、紗奈が自室に引きこもってから第一発見者がこの部屋にきて死体を発見するまで全員が一階のリビングから出ていない。
ということで…被害者は一人でいる時になんらかのしかけで殺された可能性がある。
で、最初に戻るわけです」
「最初に?」
と、首をかたむけるトーリス。
「そこらを不用意に触るとその仕掛けを発動させる可能性があるってことです」
(うっあああ~~~~!!!!)
今更ながら状況を把握してパニックになり、明かりのスイッチに触れかけた指をぶんぶん振るトーリス。
それを笑うアントーニョをどつきつつ、自分も苦笑を浮かべながら
「大丈夫。結局スイッチには触れてないし」
と、ギルベルトはそれをなだめた。
「…てことで…その仕掛けがわからねえと、ちと動くのは嫌だな。
俺様の理屈でわかんのはそこまでな気もするし、俺様、トーニョの野性の勘に期待してんだけど…。
なんか気になる事ねえ?」
と、そこでギルベルトは再びアントーニョにバトンを返す。
言われてアントーニョは、ん~~と、あたりを見回した。
「あーちゃんの部屋とほとんど一緒やね。
8畳くらいの部屋にベッドと机…まではいいとして、個室にバストイレがついているあたりが個人の別荘としては贅沢やんな?
窓は閉まっていてパステルカラーのカーテンがかかっているんも一緒。
ベッドカバーも可愛らしい感じでまるでペンションの一室みたいやな。
俺らの部屋なんてカーテンもベッドカバーも全然飾り気ないのに。
ほんま男用と女用、めっちゃ差ぁつけとるな。
まあ、俺らこんな部屋に放り込まれたら落ちつかへんけど、女の子用言うてもアホみたいにフリフリにしすぎちゃう?
ああ、そう。これもアホかと思うたわ。ドアノブカバー。
内鍵がドアノブについてるつまみ式なのにカバーかけたら鍵かけにくいやん。
俺らんとこはついとらんから、これも女の子用と思うたんやろうけど、なんでもかんでも飾ればええってもんやないわ」
そんな風にテロテロと思いつくまま気の向くまま語るアントーニョの言葉に、ギルベルトはハッとしたように息を呑んだ。
「それかもしれねえっ!鑑識にドアノブを念入りに調べさせてくれ。特につまみのあたりに何か付着物がないかどうか。そういえば以前もそんな仕掛けの事件に遭遇したことある。
あ~…そういうことか、だからこの位置なんだな」
ギルベルトは1人納得して頷いているが、トーリスにはよくわからない。
しかしまあ…求められていることはわかる。
「鑑識を呼んできます。」
立ち上がって部屋を出ると、廊下に待機していた鑑識を呼んだ。
いても邪魔になるだけのような気がしたので、トーリスはそのまま廊下に待機で鑑識に色々指示をしているギルベルトを待った。
本当に…どちらが警察なのかわからない。
そして待つ事1時間。
ドアノブだけじゃなく、色々調べさせて満足のいく情報と物的証拠を得られたらしいギルベルトが、廊下に出るなり
「んじゃ、下に行こう。お仕置きタイムの始まりだな…」
と、ぽきぽき指を鳴らしながら険しい顔で通り過ぎて行くのをみて、トーリスは初めて彼がそれまでは表に出していなかったが、何かにひどく腹を立てていた事を知った。
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