ダンデライオン_12章_3(完)

イングランドはたまにひどく思いつめたような…何かをこらえたような目をしているようにスペインは思う。

言いたい事を言いたい放題言っているようでいて、本当に言いたい事は言っていないのではないだろうか……。

それはきっと自分の気のせいではない。

実際、イングランドは以前、誤解ではあったが、一人で考えこみ一人で決断し、黙って自分の前から消えようとしたのだから……。
  

昔みたいに口で『無理に戦うな』とか『無茶をするな馬鹿』とか、そんな事を言わなくなった代わりに、大人の事情やらなんやらがわかってきた頃から言ってはいけないと思い始めた言葉の代わりに、大きなベリドットが雄弁に押し込めた気持ちを語るようになった。

それはともすれば、スペインに危険な事をさせるくらいなら自分が…というような悲壮な色も感じられて、スペインをゾッとさせるのだ。

進むのをやめれば現状維持が出来るなら、もうイングランドを飢えさせる事もなく暮らせるようになったのだから、進むのをやめても良いと思う。

が、現実はそう甘くはない。

覇権国家となれば、弱みを見せれば成り代わろうとする他の国々が牙を向いてくる。
”を守るためには戦い続けるしかないのが現状だ。



自分とイングランドがただ静かに飢える事も傷つけられる事もなく暮らせるだけの糧が欲しい…確かそれだけで進み始めたのに、ずいぶんと不自由な身の上になってしまった。

それでも手の届く範囲に居てくれれば、何を犠牲にしても守ってみせるものの、イングランドはしばしば勝手に自分がスペインにとって必要がないと判断して消えようとするのだ。

イングランドが自分の側から居なくなる…それが唯一覇権国家大国スペインの化身である自分の息の根を止めてしまえるのだという事を本当にわかっていない。

よしんば手の一本足の一本切り落とされようが、城にイングランドが待っていると思えばどうとでも乗り越えて帰城できるが、イングランドの小指の先ほどの怪我にだって気を失いそうになるくらいだし、何かで消えてしまえばその瞬間、心臓が凍りついて粉々に砕け散ってしまう自信はある。

イングランドは賢くて、普通なら自分どころかスペイン自身もまとめて安全を図れるくらいの知恵はあるのだが、唯一、スペイン自身の事になるとその賢さが別の方向――いかなる犠牲…それがイングランド自身の存亡であったとしても…を、払ってもスペインを健やかな状態に保つこと――に、向かってしまうので、スペインとて気が気ではない。

初めてあの小さな手にすがった時から、あの自分よりは小さな白く柔らかい手は、唯一自分の心を癒やし、温めるものなのに。

ということで今日もスペインはイングランドにいかに彼が自分にとって必要なのかをアピールし続ける。


「イングラテラ~紐ほどけてもうた~」
「おまえは~~~!!!ガキじゃないんだから、リボンくらい自分で結べるようになれよっ!」
「ん~自分で結んでもええんやけど…」
「あ~~!!もうなんでそんなグチャグチャになるんだよっ!もういいっ!貸せっ!!」
「おおきにな~イングラテラ」

こうしてイングランドの綺麗な白い手が、バサ~っとまとまりなくあちこち飛び出ているくせっ毛を綺麗に纏め、固い紐でしばったあと、綺麗にリボンで結ぶ。

繊細な指先が自分の髪の間を丁寧に動きまわるこの瞬間は至福の時だ。

昔…まだ弱く貧しかった頃に、無精で伸ばしっぱなしの髪が何かとあちこちにひっかかっていた時、危ないからとまだ小さな手でおぼつかない手つきで結んでくれたのが始まりで…スペインがイングランドの愛情を実感する瞬間の1つである。

これだけはメイドをたくさん雇える身分になっても、一時女性と褥を共にしていた頃、朝リボンがほどけてしまっていても、他の誰かにやらせたことはない。

「これだけはイングラテラ以外にはさせられんわぁ~」

綺麗に結んでもらったリボンを揺らして、『おおきになっ』とチュッとその繊細な作業を難なくこなす手を両手で握って指先にくちづけると、ぱぁ~っと白い頬が赤くなって、そっぽを向くのも可愛らしい。

「なんでだよ。髪くらい結わせる奴はいくらでも雇えるだろうがっ」
と、予想通りの素直でない答えに、感情論で返してもきっと信じてはもらえない。
だからスペインはもう一つの答えを口にするのだ。

「あかんて~。後ろ向いて弱点の首を無防備にさらすんやで
何があっても親分の事裏切らへん相手やないと危なあて任せられへんて」

そう言ってニコリと微笑んでみせると、その可能性はイングランドも思いつかなかったらしい。
目が一瞬丸くなる。

そして…
「なるほど…」
と納得したように頷いた。

その様子に、これで1つ…自分から離れないための鎖が無事巻き付いた事にスペインはホッとする。

本当は…ただ側にいてくれるだけで十分なのだけど…それだけではこの賢い可愛らしい恋人は困った事に、決して自分の価値を自覚してはくれないのだ。

こうして今日もスペインは心地よく甘えながらも、イングランドを縛れる理由を探して回るのだった。



「イングラテラ~、キスしたって?」
少し屈んでコツンと額をぶつければ、

「それも俺じゃないとダメだって?」
と恋人はハッと可愛くない笑みを浮かべていうが、皮肉な空気に気づかぬフリでうんうんと頷けば、今度はぷすっとすねたように頬をふくらませて

「…うそつきめっ……」
とつぶやく恋人は可愛い。
文句なく可愛い。

そこでスペインは言うのだ。

「嘘やないよ~。確かに他と寝た事はあるけど、唇にキスしたことあるのはイングラテラだけやで?
やって…毒含まされたり舌噛み切られたりしたらかなわんやん」

「…なるほど……」
「せやから…噛み付かんといてな?」
と、言いながら唇を重ねて舌を割り入れれば、しばらく考え込んでいる恋人。

「ちゃんと集中したって!」
と拗ねて見せれば大抵はこちらに気をむけてくれるのだが、今回は違うようだ。

トン!といったんスペインを押し戻して、真面目な顔で見上げてくる。

「なん?」
「いや…でもこれは生きてくのに絶対に必要なものではないよな?」

……そうくるか………
夢見るような澄んだ丸く大きな瞳で実に可愛らしく見つめてくるくせに、いうことが実に冷めている。

しかしそんな事でめげてる場合ではないのだ。

「必要やでっ?
親分、元々はうさぎ【Szpan】の国言われとる、ウサギの国やで?
キスも出来ひんかったら寂しいし、寂しかったら死んでまう。
親分が寂しさで死んでもうたら、イングラテラのせいやでっ」
と、断固として主張してみると、イングランドが至極真面目な顔で

「…そうか」
というから、
「そうやっ!」
と、きっぱり言い切った。

「じゃあ…仕方ないよな」
「おん、仕方ないんやで」

そう言って抱き寄せてくちづけると、今度は素直に舌を預けてくる。
納得してもらえたらしい。

これでまた一本、鎖が巻き付いた。


こうして日々鎖が増えて、いつかグルグルに二人に巻き付いてつながってしまえばいい。
距離を取るなんて不可能だと思えるくらいに…。

――離れるくらいなら、鎖にがんじがらめに繋がれて、一緒に海に飛び込んだる。


せっかく結んでもらったばかりの髪が乱れるのも構わず、そのままベッドに雪崩れ込んだスペインは、結構そんな事を本気で考えつつ、恋人の身体にとりあえず、と、所有の証を刻んでいくのだった。




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