ダンデライオン_11章_2

最初はほんの好奇心だった。
深い意味は無い。

男女共に気に入れば手を出していた自分と違って、近頃羽振りの良くなってきた旧友が手を出すのは大抵女だった。
記憶にある範囲では男を相手にしていたことはない。

お互い相手にそれほど思い入れもない遊びだったから、自分が一晩を共にした相手に旧友がちょっかいをかけてくることも、またその逆も当たり前。
戯れにどちらが落とすかなんて賭けすらしていたくらいだ。

いつまでも若く美しいまま…華やかさをウリにしていた自分と、精悍でストイックな風でいて、どこか影を落とす憂いを帯びたところが良いと人気だった旧友。

国同士の力関係以上に、恋愛ゲームの良い好敵手だとフランスは認識していた。

そんな旧友がある日、馬鹿みたいに明るく言ったのだ。

親分な~、最近ようやっと欲しかった子ぉ手にいれてん

確かに昔、いにしえの大国、ローマの元で一緒に育てられていた頃は、馬鹿みたいに明るい男だった。

しかしローマが消え、国土の大半が異教徒に征服されて消えかかり、そこから血の滲むような思いで戦って異教徒を追い返して自らを取り戻すなんて苦労をするうち、元の性格なんて消滅してしまったのだろうなんて、思っていた自分が馬鹿だった。

なんとこのところの旧友の眉間のシワは、その本命のために刻まれていたらしい。

しかも美の国を自認する自国の職人ですらそうはいないほど美しい刺繍作品を短時間に創りだす魔法のように器用な指先の…なんと少年だということだ。

おそらく本来は異性を好むのであろう旧友が惚れ込む少年…
自分と双璧をはるほどの遊び人がそこまで本気になる相手…気にならないわけがない。
百年の退屈も一気にふっとびそうな出来事だ。

当然話だけで満足出来るわけもなく、渋る旧友をせっついて、後日開かれる条約締結の祝いの宴に同行させる事を了承させる。

さあこれで噂の麗人に会えると楽しみに待ち続けた宴の席。

黒衣の旧友の隣に佇む白い長衣を身にまとった姿は、なるほど美しい………主に仮面が…。

そう、仮面だっ!

確かに見事な細工、見事な刺繍を施された世にも美しい仮面だと言って良い。
身につけた長衣も見事なレースで縁取られ、美しい刺繍が施されている。

ああ、正直に言おう。

フランスの宮廷で美しい仮面をつける事を流行らせてみようかと思わず思うくらいには美しい仮面だった。
というか、明日にはフランスは自分のために仮面を作るよう職人達に命じるだろう。

しか~し!!
今見たいのは美しい芸術品や装飾品ではないっ!
断固としてないっ!


普通の相手であれば、仮面でごまかされていたかもしれない。
しかし旧友の隣に立つ少年は同じ国体というのを別にしても、不思議な空気を醸し出していた。

確かに仮面で隠されていてもある程度はわかる顔立ちは整っているように思えるし、まだ少年期を抜け切らない少し華奢な肢体は愛らしいが、華やかさなら自分どころか自分の周りの人間の比ですらない。

だが隠しても隠し切れない輝きのようなものがある。

言うなれば…宝石の原石のようなものだろうか…。
ふわりと霧のようなものに覆われながら輝きを隠している。

その全てを暴き手に入れたい…そんな気にさせられるのだ。

もちろんかの少年を溺愛しているらしい旧友の前でそんな素振りを見せるような愚行にはでるつもりはないが……もし…もしも、ふたりきりで少年の前に立ち、仮面越しではなくその仮面では隠し切れないペリドットのような瞳と視線を合わせ、愛の国の全身全霊を込めて口説いてみたら、手に入らないだろうか……

旧友との間ではお互いよくやっていた事ではないか。
そんな風に思うのは自然の成り行きだった。

とりあえずどうやらあまり夜更かしをする習慣のない少年に付き添って部屋に帰ろうとする旧友を上司を巻き込んで引き止め、条約を結んだ事による今後のヴィジョンなど話し始めれば、珍しく熱心に仕事をする国体に自国の上司も乗り気になり、あちらの上司と共に盛り上がる。

そうして盛り上げておいて、折を見て飲み物を取りに…と、自分は広間を抜けだした。

旧友の要請で多数いる警護には部屋から少し広い範囲を見まわるように命じ直し、美しく咲いたバラの花を手に客室のバルコニーに面した中庭に回る。

旧友が城の中で大事に大事に保護してきた箱入りらしいし、きっと世間知らずな分、ロマンティストなはずだ。

優美さなら旧友より自分に歩がある。
ふんわりと優雅に…でも怯えさせない程度に多少強引に…

――まあ俺にかかれば世間知らずの子猫ちゃんなんてイチコロだよね♪問題はむしろ、スペインをどうなだめるかだよねぇ…

丁度美しくカーテンが翻るであろう風向きを待ち、そしてソッとバルコニーの窓をあけると、レースが翻る中、実に美しく月明かりに浮かび上がっているはずの自分。

窓から少し離れたベッドの上で小さな影が起き上がるのを確認すると、フランスは予め用意していたセリフを、自慢の麗しい自国の言葉で紡ぐ…

――月の光がみせてる幻…一夜の夢だから、そんなに怯えないで、愛しい人

そして体験させられる事になるのだ。
そこにいるのは世間知らずな箱入りの子猫ちゃんではなく…バリバリ野生の豹の子どもで、多少の外敵など撃退どころか生きたまま捕らえてふん縛ってしまえる警戒心と攻撃力の持ち主であることを…。

そして…それがあまりにすみやかに瞬時に行われて即気を失ったため、何が起こったかもわからず気づけば激怒した親豹に牙を向かれていたというおまけつき。

親豹をなだめるため上司に激怒されながら領土の一部を差し出したのはいいが、結局自分がどうして気を失う事になったのかもわからないまま、いまだ子猫と信じている子豹に今後も翻弄される事になるのを、彼は知らない。






0 件のコメント :

コメントを投稿