ダンデライオン_11章_1

――月の光がみせてる幻…一夜の夢だから、そんなに怯えないで、愛しい人

遠く窓が開いた気配に身を起こしてみれば、風に揺れるカーテンの中から現れる人影。
はちみつ色のサラふわな髪が月明かりに照らされて光る。

濡れて潤んだような紫がかったブルーの瞳は柔らかく笑みの形を作り、ついこの前までは――と言っても国にとっての時間だから人間にすればかなりの昔になるのだろうが――職人が魂を込めて作り上げた完璧に美しいヴィスクドールのようと言われて少女じみた細さだった身体も、今ではスラリと成長して神話にでも出てきそうな美しい青年の容姿を形作って、魅惑的に両手を広げている。


――この腕に抱きしめさせて?可愛い人…
と伸ばされた腕にはバラの花。

そして…その麗しの顔に何かが飛んでくる……そう、水差し的な何か…いや、水差しそのものが。


あっっほかあああぁぁぁ~~~!!!!!


――他人様には馬鹿言うたらあかんで?アホならええけど…

そんな宗主国兼恋人兼育ての親の唯一と言える躾は、一応非常時にでも発揮されるらしい。
一応外向きに出てくる罵りの言葉はお得意の『ばかぁ!』ではなく『あほぉ!』だった。
まあ、そんな瑣末な事はどうでもいいのだが。


ベッドからガバっと飛び起きたイングランドは窓が開く気配を感じると共に枕元の仮面をつけると、即、サイドテーブルの水差しを手にとった。

なりは小さくとも長弓の名手で、腕はスペインを相手にしても引けをとらない。
距離があればそれなりに相手にダメージを与えられるだけの力はあるのだ。

ということで、侵入者に向かって叫ぶと同時に相手の急所…顔面に向かって投げられる水差し。

見事に相手にヒットして、相手が完全に伸びたのを確認すると、イングランドはすばやく考える。

これだけ大声を出して大騒ぎをして誰も来ないという事は、近辺の護衛が倒されてしまっているか人払いをされているか……

まあそれもこの部屋一帯だけだろう…。

そうめどを付けて、イングランドは荷物から小さな塊を取り出すと、バルコニーに出てそれに火をつけた。


ぽ~ん!と音がして夜空を駆ける光。

最近ではすっかり使う機会もなく、使う事もなかったが、まだスペインが小国で、二人がささやかな館で身を寄り添うように暮らしてた頃は、何かあった時に使う合図であったその花火を、使ったイングランドはもちろんのこと、スペインもまた、覚えていたようだ。

光が夜空を照らしてから数分も待たないうちに、自国およびフランスの上司と会談中なはずのスペインがバタン!!と血相を変えて部屋に駆け込んできた。

「イングラテラっ!!何かあったんっ?!!大丈夫かっ?!!
親分離れんといたら良かったっ、堪忍なっ」
と、ぎゅうぎゅう抱きしめてくるスペインの腕のほうが痛い。

…というか、不審者はとうにサッシュで縛り上げてある。

「おまっ…痛えよっ!少し腕の力緩めろっ」

と、わたわたと腕の中で抵抗を試みると、そこでスペインはようやく少し身体を離して、確認するようにイングランドの上から下まで視線をやって、

「大丈夫やった?怪我ない?」
と、自分の方が痛みに泣きそうな子どものような顔をして聞いてきた。

「ねえよ。」
と、それに短く返すも、過去の自分の行動が、自分が怪我をする事に対して、スペインにトラウマを植えつけた自覚は十分あるイングランドは、珍しくなだめるようにスペインを抱きしめ返す。

「ほんまに?」
と、本当に心配しているのだとまるわかりな真剣なエメラルドの瞳で顔を覗きこまれて、イングランドはこっくりとうなづいた。

普段は素直になれないイングランドだが、こと自分のことを心配している時のスペインはちゃかしたり話を反らせたりしてはいけないという事はわかっている。

「大丈夫。気配に気づいてすぐ張り倒してしばりあげたから。
別に俺だけで処理しちまっても良かったんだけど、知らない所で色々起こってたらお前また心配するだろ?
だから知らせたんだ」
と、肩口に顔をうずめたまま言うと、

「おん。…絶対に知らせたって。」
と、頭にぐりぐりと頬をすりつける感覚と共に半分涙まじりの声が降ってきた。


国土のほとんどを占領された状態からほぼ独力で覇権国家までのし上がった強い強い男のくせに、スペインにはひどく弱い部分がある。

そういうところも愛おしいと思ってしまっている自分も大概だ…と思わないでもないのだが。


「イングラテラ…顔見せて?
ほんま無事なん確認させて?」

という要望に応えて顔をあげると、戦場では燃えるような強い意志を持って光る深いグリーンの瞳の目尻が少し下がって、そこからコロンコロンと透明な雫がこぼれ落ちている。

「お前…意外に泣き虫だよな」
と、愛おしさと共にその目尻に唇を寄せてその塩の味のする水晶のような雫を吸い取ると、

「やって…イングラテラに何かあったら、親分生きていかれへんもん」
と、軽く唇が重ねられた。

ちゅっ…と軽いリップ音をたてて離れていく唇。


――不安やねん…なぁ…距離…埋めさせたって?…1つになろ?

欲よりももっと切迫した何かを湛えたエメラルドに捉えられ、しっかり己を抱きしめていた手が性急にイングランドの身体をなぞっていく。

物理的に離れている時間が長かったり何か不安を感じたりすると、性急に身体を重ねたがるのもスペインの特徴で……それも自分の過去の行動が起因している自覚があるので、普段ならそのままにさせておくのだが、今はさすがに……


「ちょっとストップ」

と、イングランドの寝間着の胸元のリボンにかけられたスペインの手を軽く制すれば、”なんで?”とひどく驚いたような傷ついたような視線が返ってきて、思わず苦笑する。

「途中で気づかれて行為観察されても嫌だし…」
と、そこでチラリと窓際に縛って転がしてある侵入者に視線を移せば、

――ああ…そうやった……。
と、それまで甘く甘えていた声が、苛烈な武闘派国家のそれに変化していった。

エメラルドが…色を変えた…


「…ええ度胸やんなぁ?友好国かて許せへん事はあるんやで?
いや、むしろ条約結んで親分引き止めておいてこれって、罠のために嘘の約束結んだって取られてもしゃあないやんな?」

ヒヤリとする空気…。
口元は笑みの形を作っているのに、目は凍りつくように冷ややかだ。

侵入者フランスの国体の襟首を掴んで引きずり起こしているスペインの横顔しか見えないイングランドですら、奇妙な寒さを感じるような空気…。

元々情熱の国と称されるほど良くも悪くも激しやすい国だ。

熱く怒っている時はまだいい。
一通り暴れて踏み潰したら満足しておさまってくれる。

問題は…それをはるかに通り越して、怒りが静かに凝縮した時だ。

例えば…普通に外敵と戦う時は前者だが、裏切りや隠れていた異教徒が見つかったなど、内側のはずのものが敵視すべきものであった事が分かった時のスペインは、常軌を逸した嫌悪を示し、その排除や迫害の仕方はイングランドですら目を背けたくなるレベルで容赦なく残虐になる。

まずい!と思った。

「好奇心だ」
と、イングランドはスペインの腕を掴んだ。

「隠されれば知りたくなる。
…が、それは命をかけるほどのものではないということは、フランスも分かっただろうから……もういいだろう?エスパーニャ。
そいつをちゃっちゃとしかるべき相手に引き渡して、しかるべきペナルティを与えさせて……あとは放っておけばいいだろう?
…それとも……」

そこで言葉を切って、スペインの首に腕を回して引き寄せると、自分も少し背のびをして形の良い褐色の耳に唇を寄せる。

――1つになりたく…ないのか?

それだけ小声で囁いてチュッと軽く耳に口付けて離れ、上目遣いに見つめると、スペインは褐色の顔を赤く染めて、片手で目元を覆った。

「ずるいわ…それ」
「ずるくないだろ?先そう言ったのはお前だ」

どうやらスペインの瞳に温度が戻った事にホッとして、イングランドはクスクス笑った。

「まあ同盟国の要人の部屋に不法侵入だからな。
少しばかし公式に謝罪がてら条件追加してもらおう」

と言うと、もう興味は失せたのか、スペインはこっくりとうなづいた。

 

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