「とにょ~…抱っこぉ~」
携帯を持ったまま立ちすくむスペインの足元で、アーサーがぴょんぴょん飛び跳ねながら手を伸ばす。
「アーサー…わかるやつが捕まらへん」
スペインはその場にがっくりと膝をついて、その小さな体を抱き上げて丸い頭に顔を押しあてた。
普段は濡れるのをひどく嫌がるうさりすだが、今はスペインの涙でぬれる毛を気にすることなく、ただ心配そうにぺちぺちと小さな手で涙でぬれるスペインの頬を叩いている。
「泣くなよぉ」
と、またつられて自分も泣きだすアーサーに、悲しさが倍増した。
どうしても誰かが連れ帰ってしまうなら、いっそのこと自分も付いて行ってしまいたい…などと、国の化身である以上出来もしないことをスペインは真剣に考える。
卵が孵化してからちょうど2週間ということなら、何時くらいになるのだろうか…。
時計を見るとちょうど午後5時を指している。
「とーにょ…ごはん。ごはん食べたい」
泣いていてもアーサーは子どもらしく飢えを訴える。
そうだ…食事を作ってやらねば…。
これが最後になるかもしれない食事…そう思うと胸が締め付けられるような気がしたが、本当に最後なら食べさせてやらなければきっと死ぬほど後悔する。
そもそもが自分が食べられるもの、帰る時など、なぜか把握していたアーサーがそう言うのなら、それを食べる時間くらいはあると言うことなのだろう。
普段は昼がメインで夜は控えめなのだが、今日はアーサーの好物をいっぱい作ってやる。
それをおいしそうに食べるアーサー。
好きな物を食べる時は無意識なのかゆらゆらと楽しげに揺れながら食べるのが日常で、そんな風に食べながら揺れるこの子を見るのがここ2週間のスペインの一番幸せな時だった。
この光景がもう見られなくなるなんて耐えられない。
最後の一口のデザートを口に運んでやったあと、スペインはテーブルの上を片付ける時間ももったいなくて、アーサーを連れてリビングに行くと、ギュッとその小さな体を抱きしめて過ごした。
――とーにょ…ねむい……
アーサーがふわぁぁ~とあくびをする。
小さな手で目をこする仕草があどけない。
そのアーサーの言葉にスペインが返事をする前に、アーサーはコテンとスペインの胸元に頭を預けて眠ってしまった。
「自分…今日に限って寝付きがええなぁ…」
普段は寝る前はスペインに頭をコシコシと擦り付けて、モゾモゾと寝やすい体制を作るまで動き回り、だいぶ寝るまでに時間がかかるのに、こんな日に限って寝てしまわなくても…と、思いつつも、スペインは縦抱っこの体制で片手でアーサーのお尻を支え、小さな背中をトントンと叩いてやろうとして気づく。
とくん、とくんと動くスペインのよりもだいぶ早い、トットットッという心臓の音が聞こえない。
――…えっ……?!
おそるおそる顔のあたりに指先を向けるが、あるべき空気の流れがない。
呼吸を…して、ない?!!
――嘘や…こんなん嘘や……
確かに別れるということはわかっていた。
でも死んでしまうなんて聞いてない。想像もしてなかった。
「あーさぁ……嘘や……嘘やろ……」
さっきまで普通に話してた…。
いつものようにご飯をやったら嬉しそうに揺れながら食べてた。
その前にはいっぱいおしゃべりもして、絵だって描いてた。
こんな風に死んでしまうような様子は欠片だってなかったのだ。
「……嫌やぁ………」
ぽつん…とスペインの目から零れた涙がその黄色い頭に落ちた瞬間、ぱぁ~っとアーサーの体が光に包まれる。
そして…まぶしさに目を細めたスペインの目の前でキラキラと光りの中にとけていった。
「…あっ…ああっ!!!」
手の中の感触が急になくなって、慌てて光をかきあつめようともがくが、当然そんなこともできなくて、手の中には何も残らない。
まるであの子の存在自体がスペインの見た幻だったかのように、何もかも消えてしまった…。
「あーさぁ…アーサァァーー!!!嘘や…どこに行ってんっ!!!」
スペインは気が狂ったように周りを見回し、ソファやテーブルの下を覗き込むが何もない。
まるで一気に地獄の底に突き落とされたような、すさまじい喪失感。
あの子がいた名残を探してスペインはリビングを飛び出しダイニングへ。
そこには先ほどまで食べていた食事のあと…。
だが、足りない。
絶対的にあの子がいた証拠というのには足りない気がして、スペインはさらにダイニングを後にする。
何か…何か絶対的にあの子が確かに存在していたのだという証が欲しい。
それを求めて寝室へ。
あの子が使っていた手製の小さなタオルのベッドと布団。
他には…他には……
泣きそうになりながら…いや、本当に泣きながらスペインは家の中をさすらった。
そしてたどり着く書斎。
その机の上に求めていた物はあった。
白い一枚の画用紙には確かにアーサーを抱っこしたスペインの絵。
幸せそうに笑っている一枚の絵…。
――とにょが…おれ…忘れないように絵描いた。
あの子が残してくれた、たった一枚の……。
それを前にしてスペインは泣き崩れた。
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