楽しい日々は風のように速く過ぎ去っていく。
アーサーを飼い始めて14日目。
明日から仕事やなぁ…などと思いつつ、今日は白い紙の上に自分の腕くらいあるクレヨンで器用に絵を描いているアーサーをスペインは見守っている。
食べ物こそ普通の物を食べれるようになったものの、外見は幼児、言葉も片言のままだ。
行動もボールや人形で遊んでたりと思ったら、今日みたいに書斎で仕事をするスペインの横でクレヨンで絵を描いたりしている。
「これは…親分とアーサーやんな?」
白い紙に子どもらしい拙いがそこが可愛らしいと思えるような絵。
大人が長い耳の小さな子どもを抱っこしている。
お日様のした、二人ともニコニコ笑顔だ。
いつもなら花や木など植物ばかりで人間を描くのも珍しいな…と思ってスペインが
「今日は珍しいね。いつもお花とかやん?」
とその絵を見て言うと、アーサーは生真面目な様子で
「ん…忘れないように……」
と言った。
「へ?」
とそれにスペインが首をかしげると、ペタンと机に座ったまま、スペインを大きな目でじっとみつめた。
「とにょが…おれ…忘れないように絵描いた」
ズキン…と心臓が何かで突き刺されたように痛んだ。
「なに…言うてるのん?」
と言いつつも、そこで思い出す。
アーサーが生まれた卵と一緒にもらったカード…あれにはなんて書いてあった?
スペインはバッと机の引き出しに放り込んであったカードを取り出した。
【可愛いウサギの卵です。愛情をいっぱい注いでくれれば孵ります。
2週間で帰るのでそれまで目一杯可愛がって育てて上げて下さい。】
――2週間で……帰る?!!
受け取った時には単なる好奇心で大して気にしていなかった期限。
嘘やろ…と、今更ながらそれを確認してスペインは青ざめた。
「帰らんといてっ!!」
慌てて机の上のアーサーを抱きあげて言うが、アーサーは当たり前に
「無理…」
と言う。
「そんなんっアーサーが帰らんとずっとここにおったらええんやんっ!
もし帰らんで迎えでも来ても親分が追い返したるわっ!!」
ぽろぽろと泣きながら言うスペインの頬を伝う涙をアーサーは小さな手でコシコシぬぐった。
「泣いちゃやだ…」
と、自分も泣きそうな顔で言う愛し子をスペインはつぶさないように抱きしめる。
「絶対…絶対に帰したりせえへんっ!
やって、親分は自分の家族で自分は親分の家族やで?!」
いやいやというように頭を横に振りながら叫ぶスペインの感情につられたのか、とうとうアーサーも泣きだした。
泣いて泣いて泣きながらもスペインは考えた。
帰るというのはどこにということなのか…そしてどうしたら帰さずにすむのだろうか…。
そもそも2週間も可愛がって育てたものの、スペインはアーサーが何者かすら知らない。
あ…そうやん…フランスに聞けばええんやん!
それは絶望的に思えた暗闇の中の一筋の光明だった。
スペインは急いで携帯を取り出し、もう何度もかけている番号に電話をかける。
5回ほどのコール音で聞きなれた悪友の声がした瞬間ほっとした。
これでこの子を手放さずに済む…。
『アロ~、スペイン、どうよ。元気出た?』
と電話の向こうでのんきに言う声に、スペインは切羽詰まった気分で詰め寄った。
「フラン、自分がくれたあの卵やけど…一体どこから来てどこへ帰るん?!
帰さんようにするにはどうしたらええん?!」
『へ?』
と、そのスペインの言葉に電話の向こうでぽか~んとするフランスがいる。
『どこからって…あれはお兄さんの家の鶏達が産んだ卵なんだけど?
別に返せとか言ってないでしょ?
てか返さないでもいいよ?あれはお前にあげたものだし』
そう…フランス的にはロマーノからスペインと過ごす時間が少し減りそうだと相談を受けたので、寂しさに落ち込むであろう悪友を元気づけようと産みたてのおいしい卵を食べさせてやろうと思っただけなのだ。
まあ…その前に隣国にもおすそ分けを…と思ってついでに持っていったら、スペインに送る分までイギリスに忘れて行ってしまって、イギリスに送ってもらおうかと思ったらなんだか不在だったため、その日午後から訪ねてくるのだとイギリスが言っていたアメリカに頼んだわけなのだが…。
あの坊や、もしかして代金送れとでもいったのかね?と首をかしげるフランスに、スペインはいらいらと返す。
「鶏のとちゃうわっ!ウサギの卵のほうやっ!
2週間で返せ言うメッセージカードと一緒に押し付けたほうやっ!!」
と怒鳴られ、フランスはますますわけがわからず混乱する。
『ちょっと待ってっ!お兄さんがアメリカに届けてって言ったのは坊ちゃんの家に忘れてきた鶏の卵だからっ!
アメリカがまた何かと間違ったのかもよ?
てか、そもそもウサギの卵ってなによ?』
…というのは、まったくもって正当にして正しい質問だと思うのだが、フランスが何も知らないと判断した時点でスペインは容赦なく通話終了のボタンを押していたのでその答えは返ってはこなかった。
アメリカの言い方だとアメリカもフランスの依頼品だと思って届けたということだから、詳細は知らないだろう。
そうするとあと知っていそうなのは……
迷わず押すかけたことのない電話番号。
少しは歩み寄れとプロイセンから無理に教えられた時にはふざけるな普憫!と腹を立てたが、今は心の中でそのお節介にひそかに感謝する。
…が、その感謝も一瞬で、かけたはいいが留守電だったあたりで、ほんま使えへんやっちゃな!とこれも心の中でではあるが、八つ当たりの対象になった。
こうして事態は振り出しに戻る。
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