ダンデライオン_10章_1

みなさん、こんにちは。ベルギーです。
うちの親分がやらかしました…


やらかしたな……
あ~、やらかしはったなぁ……

フランスの国体さんから招かれて帰宅後、上機嫌でフランスとの休戦協定が結ばれる事になると報告してきはった親分から事の経緯を聞くと、イングランドとうちは小さくため息を付きました。

どうやら昔は親分が一人で戦場に行かはるのをイングランドがめちゃ嫌がったらしく、絶対喜んでもらえると思ってはったらしいんですわ。

でも、うちはとにかく、当のイングランドに呆れ顔のため息で返されて、あれほど高揚していたらしい親分の気持ちもしょぼ~んと凹んでいかはったみたいです。


あ、落ち込みはった…。
目に見えて、ちょっと可哀想なくらい肩を落としはる。


外では向かうところ敵なし、天下のイケメン覇権国家様な親分も、家ん中では…いえ、正確にはイングランドの前ではずいぶんと気弱にならはります。

なにしろ実家に帰りかけてたのを強引に引き止めて襲ってもうて、なし崩し的に今に至っている最愛の相手ですし?

二人の間の主導権は、こと、イングランドの身の安全とかそういう事以外ではイングランドの側にあると、親分は思うてはるみたいです。
まあその経過ならうちかてそう思いますけどね。

せやから毎日毎日イングランドに朝から愛を盛大に振りまきながら抱え込んではる親分としては、これはなかなかショックな反応やったみたいです。

あんまり落ち込みはるから、うちもさすがに気の毒になって、イングランドに、

(どないするん?)

とアイコンタクトを送ったんですけど、イングランドは慌てる事もなく、うちに安心するようにと、やはりアイコンタクトで返してきました。

そして、クン!と少し鼻にシワを寄せて匂いを嗅ぐと、一言

クセえ!
と不機嫌に言い放ちます。

「「は??」」
と当然首をかしげるうちら二人。

「会見すんのに、そんなクセえ香水プンプンうつしてくんなっ!
とりあえずいつもの香油入れた風呂に死ぬほど浸かって他所で付けた変な匂いきっちり全部落とすまで近づくなよっ」

と言いつつぷくぅ~っとバラ色の頬をふくらませて、シッシッと言うように風呂場の方へと親分を追いやるような仕草をすると、邪険な言い方をされているはずの親分は、急にふにゃぁ~っと嬉しそうに相好を崩しました。

「なんやぁ、それでイングラテラ不機嫌やったん?
あいつ昔から匂いすごいねん。可愛え心配せんでも、そんな近づいてへんで?」

と、嬉しそうに手を伸ばして、クサイ!近寄るなっ!と、風呂の方向を再度指差され、

「はいはい、ほならお姫さんの言うとおり、入ってくるわ」
と、まんざらでもなさそうな顔で風呂場へ消えていかはります。


「これで当分出てこねえな」
と、その後姿をきっちり見送って、それまでの紅い顔でポコポコ怒っていた表情から一転、妙に冷静な顔になるイングランドに、うちは少し目を丸くしました。

あ~、さすがに付き合い長いだけあって、扱い方をわかってるというか…まあうちの弟分だけあって、聡い子ぉです。

「やっちまったモンは仕方ねえし、あいつ落ち込ませるとめんどくせえ」
軽く肩をすくめて、イングランドはうちを振り返りました。

「まあ…あれがうちらの親分やしねぇ…」
「ああ、あれがあいつだよな」
と、二人で再度顔を見合わせてため息をつきます。


そう、親分はすっかり忘れてはるけど、あちらさんが親分を呼び出したという事は、何か話したい事があらはったはずで…他に特に話が出てないということは、その要件ていうのは十中八九、うちの国とあちらさんで不可侵条約を結びたいという、まさにそれやったんやと思います。

ほんまやったらこっちが”結んでやる”立場やったのに、すっかり言いくるめられて、あちらさんの好意で”結んでもらう”ような形になっても全然気づかれへんあたりが、うちの親分はほんま、交渉事に向いてないんでしょうねぇ。


「だから一人で行かせねえ方が良いんだよなぁ…。
俺がついていければ一番良いのに…」

と、舌打ちをするイングランドの言葉はその通りやと思います。

もっとも、いくら国体で外見年齢とは全然ちゃうとは言うても見かけはまんま女子どもな子ぉに横で意見されて考えが変わる宗主国というのも、あまりかっこええもんちゃう気ぃがしないでもありませんが…。
不利な条件そのまんま持って帰る事考えたらその方がまだマシかもしれません。


「まあ、余分なモンに気を向けねえから、あいつはあんなに強えんだけどな。
みんな色々目に入りすぎて迷いを完全に捨て切れねえから」

親分が風呂に行きはったと同時に、イングランドは先日うちが何か作ってと頼んで刺繍を始めた親分の黒いマントを衣装箱から出してきて、ここ最近ずっとそうだったように膝に広げて針を刺し始めました。

つやつやした真っ黒なマントに広がっていく金色の糸。
イングランドの真っ白な指が布を滑るたび、指先の金糸がキラキラと光ってめっちゃ綺麗です。

この子は絶対に物作りの神様に愛されてるんやと思います。
うちのリボンやレースを作ってくれる時もそうやけど、出来たモンだけやなくて、作る過程からして、なんでかめっちゃ綺麗なんがすごいです。

出来る上がるまでは何作ってるのかあいつには内緒だからなっ!

と、言うので、この優しい綺麗な指先で刺繍が施されていく様を親分自身は見られへんのが、少し気の毒やなぁと、うちは思います。



「ほんと…ガキの頃じゃねえんだから、いい加減同伴させてくれても…。
自分で連れて行かねえくせに、戻ってからキツイんだよ」

パチリと糸を切ると、気配に敏いイングランドは何かを感じ取ったようで、すばやく布をたたむと衣装箱へ。
それからすぐ、ドタドタと騒々しい足音が聞こえてきました。


「イングラテラ~!!親分風呂入ってきたでぇっ!!!」
バタン!とノックもなしに開くドア。

「これでええやろ?あ~、やっと抱きしめられるっ!
イングラテラ、親分やで~!ただいまぁ~!!」

と、まあうちの存在はガン無視で、実に嬉しそうな満面の笑顔でイングランドを抱きしめはる親分。

頭から顔から盛大にリップ音を響かせてくちづけを落とされるのに、イングランドは真っ赤な顔で抵抗しとるけど、まあ本気で嫌がってへんのは、うちにはわかります。


「じゃ、そういう事で、食事は親分の指示あるまで部屋へ運べばええんですよね?」

と、まあこれ以上ここにおるのは、さすがに野暮やし、うちの精神衛生上も宜しくないので、うちはちゃっちゃと退散することにしました。

これから多分短くとも明日の夜くらいまでは親分はイングランドを放さへんのが親分が一人で泊まりで出かけた時のお約束。

一日以上離れはると、離れてた分も~と、親分はイングランドを抱え込んで抱きつぶしはるのです。

親分の部屋のこともあればイングランドの部屋のこともありますが、その間はこもりきりで、食事も部屋で。

大抵はおそらく体力のないイングランドが完全に落ちたあたりで篭もり期間終了となってる気ぃがします。
それまでは特に大きな動きもなし、うちらはまったりとした日常に戻ります。

今回はまあ、内々にでも不可侵条約の締結の話が決まって、それを正式に公のものとするための草稿を上司がしてはったのが、普段と違うと言えば違うところでしょうか。

幸いにして上司はアホちゃうので、それなりにきちんと自国の立場を守る形での条約の案を作りはって、あちらさんもそれを了承。

半月後くらいに正式に二カ国の代表が国境近くに城に集まって調印式を行いはるそうです。

昔々イングランドがこっそり親分の戦場へとついていって怪我をして以来、親分がそういう式典に出席しはる時でもイングランドはうちらと城でお留守番で、それが本人的にはめっちゃ不満らしいんですが、こと、イングランド自身の安全面(…と親分が思ってはること)に関しては、親分は絶対に譲られへんので、それはこうしてイングランドが本当の子どもの時期を過ぎて、もうすぐ青年期に足を踏み入れそうな時期が来ても変わりません。

ええかげん見なおしてもええんやないかなぁってうちも思いますが、その点だけはダメそうです。
しかし変化は思わぬきっかけで訪れる事になりました。






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