「ベルギー、ちょおええ?」
それは無事不可侵条約の調印式を終えて親分が帰城しはった時のこと。
珍しくイングランドのところへ直行せんと、相も変わらず洗濯に勤しむうちの側の茂みからちょこんと顔を出しはりました。
と、うちがあやうく手に持ってたシーツを落としかけて思わず声を荒げると、
「堪忍なぁ」
と困ったように頭を掻く姿は、ほんま世間様が恐れる超武闘派の覇権国家様とは思えません。
「それで?なんなんです?」
と聞いてみると、親分は深く深くため息をつきはりました。
親分がこんな風に悩みはる事なんて、どうせ理由は尻に敷かれている恋人に関することだというのはいい加減わかっているので、アレですが、こうやって整った精悍な顔でため息をつきはると、見た目だけは憂いを帯びたエエ男やと思います。
うち知ってます。
こういうの、残念なイケメン言うらしいです。
「イングラテラにな…会うてみたい言うねん、フランスが」
何故それをうちに言う?とはさすがに言いません。
うちかてアホちゃいますし。
「でも、会わせたないんですね?」
と先回りしてやると、大きくうなづきはりました。
そこで話を聞いてみると、きっかけは例のマント。
式典の時に颯爽と身につけて行きはったところ、あちらさんの目をひいたらしく、その素晴らしい刺繍はどこの職人に?と聞かれて、親分がノロケ交じりに恋人が…と答えたら、そんならぜひ会うてみたいという話になったとか。
「あいつ、結構しつこいとこあんねん。
会いたい言い始めたら、会わせるまで諦めへんし、かといって会わせてもうたら、絶対に欲しがるの目に見えとるし。
なにしろ、イングラテラの可愛らしさ言うたら、もう天から舞い降りたの天使かとみまごうほどやし、そもそもがフランスやなくても、あのキラキラ光る長いまつげに縁取られた澄みきった大きなペリドットの瞳で見つめられて心動かされん男なんて、絶対におらんやろ。
肌も真っ白ですべすべで…唇とかもうお人形さんみたいにちっちゃいのに綺麗な色形で、口開くたび見えるあのピンクの舌とか、可愛いすぎやねん!」
……と、それからまあ小一時間イングランドがいかに可愛らしいかを聞かされる事になったのはおいておいて、友好国となったからには会いたい言う要望を突っぱねるのも難しいけど、会わせたら興味持たれそうで嫌やという事らしいです。
何か解決を見るまでここに居座りはるつもりらしい親分に、うちも仕方なしに、
「あちらさんが興味持ったかて、イングランドの方が相手にせえへんのとちゃいます?」
と、まあ当たり障りのない事を言ってみると、親分はガシっとうちの両肩を掴んで詰め寄りはりました。
「甘いッ!甘いわっ!!
それこそわざと親分のおれへん時とかに、急に訪ねて来たりとかするかもしれへんやんっ!!
友好国ちゅうことで追い出すわけにも行かへんし、そしたら夜とかにバラでも抱えて窓からイングラテラの寝室に入り込んできて、
『月の光がみせてる幻…一夜の夢やから、そんなに怯えんといて、愛しい人』
とか言うて迫ってきて、あんまり急でありえへんシチュエーションやし、同盟国の要人張り倒してええもんかイングランドが悩んでる間にそのままなし崩し的に押し倒したりするんやでっ、きっと!!」
……親分……そんな事してはったんやね………。
うちは眉間に手をあて、大きく息を吐き出しました。
知りたなかったわ、そんな武勇伝。
よお恥ずかしげもなくそんなセリフ吐けるもんや。
確かにうちの親分は普段はフランスさんみたいにあちこち軽い感じで口説かへん感じやから――まあ裏でピンポイントに口説いてはるみたいやけど――さっきみたいな少し悩ましげな様子で、思い余ってみたいな感じのシチュエーションでそないな事言われたら、騙されはる女性も少なくなかったんやろと思います。
自業自得…因果応報…と、言ってやりたいのはやまやまではあるんですが、それでも腐っても現宗主国。
親分こけたらうちらもこけるわけで……
どないしよ…と思ってると、
「ほな、顔隠して会わしたったらええ。
口はごっつ悪いわらしやけ、えれがんと、えれがんと言うとるアホは勝手に興ざめするやざ。
そんなアホらしいことでベルの仕事邪魔するなや!」
と、なんと偶然にか通りかかったらしいお兄ちゃんが、そう吐き捨てて去って行きました。
ああ!それや!!お兄ちゃんないすやでっ!!
「それええんちゃいます?親分!
イングランドに仮面被らせて会わせたったら?
あの子器用やから、それこそ綺麗な刺繍や飾りの仮面付けさせたったら、本人よりそっちに興味持ちはるかもしれませんし、何より本人特定して追い掛け回されたり狙われたりとか防げるんちゃいます?」
後に覇権国家スペインの最愛の半身として、常に寄り添う仮面の軍師が仮面をつけるようになった理由……それは暗殺防止でも表情を読まれないためでもなく、自らを顧みると周りの理性が信用できなくなった元タラシな覇権国家様の焼きもちによるものだったということは、その後も意外に知られる事はなかったのでした。
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