「まだ終わってへんで?イングラテラ」
と、それで許してやる気もなくて、スペインがその顔を覗きこむと、気を失っているイングランドの唇がかすかに動いている。
(…スペイン…スペイ……迎えに…来て……)
つ~っと涙と共に溢れる本音。
それを認識した瞬間、胸につかえていたドロドロしたものが、す~っと流れ落ちていった。
離れたかったわけじゃない…その逆なのか…。
完全に拒絶される前に…迎えに来てもらえるんじゃないかという希望を持てるように離れたい。
本当に不器用なこの子らしい。
「あほやなぁ。自分も親分も…」
わかってしまえば余計に愛おしくて、胸がいっぱいになる。
「乱暴にして堪忍な」
聞こえてはいないだろうが、そう謝って、軽くイングランドの頬を叩いた。
…ん……
小さな声と共にゆっくりまぶたをあけるイングランドに、ゆっくりと出来うる限り優しく口付ける。
――愛してんで。親分の可愛えイングラテーラ。ずぅっと側におってな?
と薄く桃色に染まった可愛らしい耳を食むようにして、内緒話のようにそうささやくと、スペインは今度は愛おしいモノをいたわるように、再びイングランドを求め始めた。
「あ~…もう昼間になってもうたか…」
結局のぼりつめると同時に気を失ってしまったイングランドとしばらく一緒に眠っていたスペインは、先に目を覚ますと自分のサッシュを濡らしてイングランドの身を清めてやり、少しべたついてはいるがなんとか乾いたドレスを着せてやる。
そして自分もおざなりに服を着ると、ひょいっとまだ眠ったままのイングランドを抱え上げた。
その小屋は実は町外れ、スペインがよく行く娼館の側だったらしい。
そこで預けて置いた馬を受け取ると、挨拶に出てきた女主人が、ああ、と、訳あり顔で微笑んだ。
「ずうっと欲しかったほんまモンを手にいれはったんやね」
何もかもわかっているといった感じの女将の察しの良さに驚きつつ、
「なんでわかってん?」
と目を丸くするスペイン。
それに女将はまたいたずらっぽく笑って
「秘密ですわ。
もしかしたらまた来てもうたら教えてもええなぁ思う瞬間があるかもしれまへんけど?
……まあもう終わり、来はらへんのやろ?」
と、肩をすくめた。
「長いことおおきに。達者でおってな」
スペインはそれにははっきり答えず、イングランドを抱えたまま馬に飛び乗る。
そうして遠ざかる姿を見送りながら、
「完全に終わり告げんと、いつか…と希望を残して行かはるあたりが、優しいんだか狡いんだか、複雑な気持ちやね」
と、落ち着いた金色の髪に新緑色の瞳の女主人は、遠い昔、自分がまだ少女の頃、初めての客として出会った時のまま変わらぬ姿で消えていく初恋の青年にむかって、小さくつぶやく。
そして…
「代わりでも良かったんやけどね、手にいれてしもうたんか…」
と、この仕事についてから流すまいと決めていた涙を静かに一粒こぼしたのだった。
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