ダンデライオン_6章_2

俺のどこが女に見えるんだよ、ばかぁ!!

色々今の状況を思い出すと、涙が零れ落ちそうになって、気を紛らわせるように会話を続けるが、よく考えずに紡ぐ言葉は事態をさらに悪化させたらしい。

「はいはい。そうまで言うなら、宿で確かめよか」
と、腕を掴んでいる手の力が若干強くなった。


へ?と思うまもなく、両隣と後ろを船乗り達に囲まれて、イングランドは焦った。

(い、いや、実際は男で女じゃねえんだし、焦る事はないんだよなっ。
せいぜい紛らわしい格好しやがってって殴られるくらいか…)

そう思うものの、ひどくギラギラと欲を表に出した男達に囲まれて、身がすくむ。
まるで自分が本当にか弱いレディになった気分だ。


もし自分が女だったら…と、そこでまた思考を飛ばすと、脳裏に浮かぶのは、自分をここに連れてきた太陽の化身。

「イングラテラ…好きやで…」

あの甘い声で囁かれて、見上げると、欲を含んで光るエメラルドグリーンの瞳にぶつかる。

絡まる視線に切なげに寄せられる綺麗な黒い眉。

出会った頃から数百年たち、少年期から完全に抜けだして、青年らしい精悍さと少し大人びた甘さが絶妙に入り混じって、男臭い色気が出てきた気がする。

あの褐色の大きな手で体中に触れられたら…いったいどんな感じだろう……。
そんな思考に一瞬捕らわれて、慌ててそれを否定する。

自分は何を馬鹿な事を考えているのだ。
ありえない。

自分はスペインに愛されるような可愛らしいレディではないのだし、それどころか、もう疎まれているから、今こうして自国への帰路についてるんじゃないか。

また意識がそんな方向に向かって泣きそうになる。



帰国すれば…イングランドの地に帰れば、そこではもうきっと自分の心をそんな風にかき乱す事はなくなるのだ。

かの大国、ローマが消えた時のように、一人でただ、絶対にありえないことではあっても、

「イングラテラ、こんなとこにおったん?探したんやで。
さあ、俺らの家に帰ろ」

と、スペインがあの明るい陽光のような笑顔で大きな手を自分に差し出してくれるのを待ちながら、静かに日々を過ごせるのだ。



この地を…スペインの地を早く離れなければ……

頭のなかはそれだけで、掴まれた両腕を初めて振り払おうとしたが、当たり前に振り払えない。

「離せよっ!」
と言おうと口を開きかけたその瞬間だった。


「ちょお、悪いんやけど…その手放したって?」

幻聴だと思った。

それか、また自分はそうあって欲しいと思うあまり、声を聞き間違えているのか…。




ギリリと音がするくらい強く掴まれて悲鳴をあげる船乗りがイングランドの腕を離しても、硬直した体はぴくりとも動けない。


ありえない…ありえない…ありえるはずがない…

そう思いつつ、期待したくない…そう思うのに、逃げることすら出来ずに立ちすくむしかできないでいるイングランドの耳に入ってきた声……

「…親分な…ちょお今加減できひん気分なんや。
かかってくるのはええけど…楽に死ねへんで?」


親分……それはスペインしかほぼ使わない第一人称だ。

似た声の人間はいても、同じイントネーションで話す人間はいても、その第一人称はスペインだけのものだ……。

信じられない気持ちで顔をあげると、殺気を含んだ視線を船乗りたちに向ける青年の姿が……。

人の数十、数百倍を生き、苛烈な戦いに身を置き続けたスペインは、青年の姿をとっていてもなお畏怖を感じるほどの重々しい怒りを放っていた。
一介の船乗りが数十人束になっても敵うはずはない…そんなとてつもない迫力があった。

それを誰よりも感じていたのは、怒りを向けられている船乗り達で、彼らはじりじりと後ずさり、攻撃を与えられるであろう範囲を超えると、あっという間に反転して逃げ出していった。


船乗り達の姿が完全に消えると、スペインはさっと殺気を消して、逃げる事も歩み寄る事も出来ず、そのまま呆然と立ちすくんでいたイングランドを振り返った。


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