ダンデライオン_5章_1

「待ってっ!!待ったってっ!!!イングラテラっ!!!!」

少女が逃げた事で半ば疑惑だったものが確信に変わった。

何故ここに?とか、何故ドレスで?とか色々疑問はあったが、一番の聞きたいのは、何故今自分から逃げているのか、である。



どう見ても走りにくそうな格好であるにもかかわらず、まるで風のように走るイングランド。
スペインはそれを必死に追った。

ここで見失ったらもう二度と会えない…そんな身の毛もよだつほど恐ろしい予感がひしひしとする。


やがてぽつりぽつりと降り始める雨。
表面積の大きいドレスは水を吸って重くなっていく。

どうしても重くなる足に、イングランドは平坦な道を走り続ける事の不利を悟ったようだ。

そして…まだ身軽なうちにと思ったのか、とまっている小舟の間を飛び渡っている。

もちろん筋力的にはスペインとて飛び乗れないわけではないが、まるで体重などないかのようにぴょんぴょん飛んでいくイングランドのようには行かない。

飛び降りれば舟が揺れてバランスを崩し、それを立てなおしている間に、差がどんどん開いていく。



「待ってっ!!!待ったってっ!!!!!」

声の限り叫ぶアントーニョの言葉は、しかし届いていないかのようにイングランドの姿が遠のいていく。


(くそっ!)

このままじゃ見失う…そして…二度と会えないかもしれない。
スペインは舌打ちをして、落ちないようにという選択を捨てた。

海に落ちたら落ちたで、泳いで追えば良い。
幸い泳ぎは得意だ。

邪魔なマントをかなぐり捨てて、スペインは追うことを優先して、不安定な足元を気にすることなく、とにかく追いかけていった。

そうなるとドレスを着たイングランドよりも俄然スペインの方が有利だ。



「…っ!……待ったってって…言うとるや…ろっ……ああっ!!!」

みるみる縮まる距離。
もう少しで追いつく…というところでスペインの伸ばした手は空を切った。


どうやらそれはイングランドにとっても想定の範囲外の出来事だったようである。

慌てて足を踏み外しかけたところに、踏みとどまろうとしたら、ドレスの裾がひっかかって、思い切り海へとダイブした。

バッシャ~ン!と上がる波しぶきと、慌てたように波を掻く手。

まさか?!とその様子に思ったのも一瞬、あっという間に黄色い髪が波間に埋もれていく。

――泳げへんのかっ?!

島国だから…と、当たり前に泳ぎは得意だと思っていたが、そう言えば泳いでいるのを見たことがない。

しかし今目の前の光景をみるとそうなのだろう。
そう瞬時に判断して、スペインも慌てて海へと飛び込んだ。

碧い海の中、スペインは淡いグリーンを目指してひたすら手足を動かして進む。

イングラテラ…イングラテラ……

幸いというかあいにくというか、泳げないのでは?と思ったスペインの考えは当たっていたらしく、イングランドは溺れるばかりで逃げるどころではなく、距離は順調に縮まっていった。

ただ、手を、足を、必死に動かす動きが徐々に小さく弱々しくなっていくのに、焦りが募る。

もうちょっとや…!

大きく水を足で蹴り上げ、思い切って伸ばした手がようやく大事な大事な子の腕を捕まえた。
そのままグイっと力を込めて引き寄せると、グッタリとした身体は簡単に引き寄せられる。

ウィッグは流されてしまったようで、水の中でふわふわ漂う金色の髪は短いけれど、閉じられた瞳を覆う若干青ざめたまぶたを縁取る長いまつげも、色を失った小さな唇も、細い首筋も薄い肩も華奢な手足も、みんなみんな、己と同じ性を持つ人間の物とは思えない。

まるで海を漂う人魚のようだ……。

――…好きや……俺の……俺だけのイングラテラ……

家族…その枠だけの中におさまるような愛し方はもう出来ない……。
諦める事も、離してやる事も出来ない。

泣かせても怒られても嫌がられても…とにかく気持ちを訴え続けて受け入れてもらうしかない…。

自分の気持ちに自分が迷っていてはダメだ。

スペインはそう決意して、水面を目指して泳ぎ始めた。



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