立派な城に住む尊い身分の人間とは不似合いなそんな行動も、自分的にはひどく自然なことで、ことさらおかしなことではない。
そもそも贅沢な生活など出来るようになったのは、スペイン的にはつい最近だ。
ずっと飢え、震え、戦ってきて、それが普通の事だった。
思えばローマが消えてからイングランドに会うまでは、ただ本能的に死ぬということを避けてきただけで、特に生きようという気概もなく、イングランドに出会ってからは、二人がただ飢えず、傷つけられずに暮らせるように、と、それだけを目指して戦ってきたら、いつのまにか覇権国家になっていた。
しかし国が大きくなればしがらみも人も増え、あのイングランドと二人、寄り添うように生きてきた時代がふと懐かしくなる。
あの時代、自分が戦いに行くたび心配そうに見送って、帰って来たら負った怪我に怒りはしたものの、それ以上にイングランドは自分によく笑みを向けていてくれたように思う。
屈託なく笑い、怒り、泣き……そんな当たり前が当たり前じゃなくなってきたのはいつ頃の事だろうか…。
イングランドも自分をまっすぐ見なくなったし、自分もイングランドをまっすぐ見られなくなった。
何故だ…。
愛しさは変わらない。
ただそれは、ただただ胸が温かくなるようなものから、どこか切なく心臓がぎゅっと痛むようなものに変化してきた気がする。
今までずっと自分とだけいたのが、人が増えてきて他との接触も多くなってきたイングランドに対する独占欲なのだろうか……。
俺だけを見て…
俺以外を見んといて…
俺以外に笑いかけんといて……
他といると気が狂いそうなくらいそう思うのに、二人きりになると何故かどこかぎこちない自分がいる。
心臓がドキドキして、触れたいのに触れるのが怖い。
なぜだかわからない。
でも昔のように当たり前にハグして頬や額に口付ける事ができない。
「…あか~ん……全然頭冷めてへんやん。」
スペインは芯だけになったリンゴを放り捨てて、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「頭…ほんま冷やさな……」
ぷるぷると頭を振ると、スペインはそう言って立ち上がった。
街中の寒さではまだ足りない。
海にでも行くか……。
さらなる寒さを求めてスペインは港へ足を向けた。
海は良い。
思えばイングランドに出会ったのもやけくそになって海岸に放置された小舟に乗り込んだのがきっかけだった。
あの海岸とは違い活気のある港はそれでもかなり寒くて、しかしその寒さが心地いい。
プラプラと散歩がてら積み荷を上げ下ろししている船の周りを散歩していたスペインは、ふと、屈強な男達に囲まれた華奢な少女に目を止めた。
(…あかん……何考えとるんや、俺。ほんま重症や…)
そこでスペインは、一瞬浮かんだ考えを振り払うように目をこする。
サラサラと長い金色の髪。
同色の長いまつげに縁取られた大きな瞳は綺麗なグリーンで、スペインの大切なあの子の、子猫のような目を思わせる。
いや、実際自分の目には少女があの子に見えるのだから重症だ。
強い風に吹かれて髪がたなびけば、そこに覗くのは白く細い首筋から淡いグリーンのドレスに包まれた華奢な肩までの綺麗なライン。
ゴクリと喉がなった。
そして…その瞬間、スペインは気づいてしまった。
あの子によく似ている…そう思っている相手に欲情している自分……
いや、よく似ている相手ではなく、本当はあの子に欲を覚えているのだ…。
ただただ可愛くて可愛くて慈しんでいれば幸せだったあの頃…
変わってしまったのは、あの子ではなく自分だ。
いつのまにやら子どもの時期を過ぎ、少年期になって、スラリと健やかに伸びた白い手足…。
あの折れそうに細い首元、肩口、普段はシャツに覆われた胸元、肉のない薄い腹…そしてその下の秘められた部分まで、手で、舌で、余すことなく味わいたい。
そして更に奥深く…誰にも触れさせた事がない奥の奥まで暴き、つながり、一つになりたい。
(…うあっ……あかんっ!……あかんわ…。何考えとるんや、俺っ!!)
ふと我に返った途端に、スペインはそんな自分を慌てて否定した。
ありえない。
それは自分に純粋な好意を向けてくれているイングランドに対する大いなる裏切りだと思う。
あの子は大事な大事な家族だ。
たった今あとにしてきた娼館の娼婦のように扱っていいわけはない。
いや…まあ、そう思ってみれば、娼館では無意識にイングランドに似たところのある相手を選んでいた時点で、十分冒涜と言えなくはないのだが…。
あれは本当に無意識だったのだ。
ノーカウントだ。
そんな風にスペインが葛藤している間に、なんだか前方がきな臭くなっている。
イングランドに似た少女がどうやら男達に絡まれているようだ。
考えるより先に身体が動いた。
「ちょお、悪いんやけど…その手放したって?」
と、少女に絡んでいる男の腕を取る。
相手は大事な大事な子に似た少女なのだ。
自分ですら冒涜だと思うのに、そこらの輩が軽々しく触れて良い相手ではない。
さきほどまでの欲が怒りという形に変換されて、随分と力が入ってしまっていたらしい。
ミシリと掴んだ腕から音がして、屈強な男が悲鳴をあげて飛び退る。
「…親分な…ちょお今加減できひん気分なんや。
かかってくるのはええけど…楽に死ねへんで?」
本来なら喧嘩っ早く、やられっぱなしなどあり得ない海の男達であるが、自分達よりは一回りも二回りも細いこの青年の中に潜む只ならぬ殺気と得体のしれない力をひしひしと感じ取ったらしい。
一瞬身構えるも、ジリジリと後ずさり、そのまま攻撃の届かない範囲にまで後退すると、パッと身を翻して逃げていった。
「大丈夫やった?」
それを確認してヘラリとしたいつもの笑みを浮かべて少女を振り返るスペイン。
へ…?
そのまま一瞬硬直した。
瓜二つ…というにはあまりにも……というか、明らかに人とは違う同族の気配。
「…イングラ…テラ?」
半信半疑、唖然としてそう問いかけるスペインに、それまで同じく硬直していた少女は、クルッと反転。
脱兎のごとく逃げ出した。
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